存在



「いい、いらねぇ」




差し出されていた手を静かに払って冷たく言いのける。下っ端なのだろうその妖はひどく傷ついた表情をすると無言で下がった。

朧車からは簡素だがしっかりとした緩やかな階段が伸びている。まさかこんな段差で俺が転ぶとでも思っているのか、、、いやはや過保護なことだな。
皮肉を込めて笑ってやるとその妖は身を縮ませて朧車の後ろに隠れてしまった。


ふふん、と鼻を鳴らして階段を下り降り注ぐ陽光に目を細める。




大きな屋敷だと思った。だいぶ年月が経ってはいるが逆にそれが木造建築の味を十二分に引き出していて。広い庭は自然のままなのにさっぱりしている。何よりもあの大桜は見事としか言いようがない。
思わずキョロキョロとあたりを見回してしまう。なにせ最後に本家を訪れたのは何百年も前の話なのだ。初代鴆、自分の父親に手を引かれて薬の補充に来て以来、全く足を運ぼうとは思わなかったから。


なんとなく、敬遠していたのもある、かな。





「オイオイ親父、女じゃねえじゃねえか」
「誰も女だとは言っとらんじゃろ。おぬしが勝手にうきうきしとっただけじゃ」





ふいに呑気な会話が聞こえた。
鴆と朧車を取り囲むようにいた妖たちがぞろりと動いて声の主たちの道を作る。





「女じゃあねえが・・・」





現れた二人の見目麗しい男。
金色の髪は日の光を弾いて艶めかしくなびく。





「別嬪さんだろう?」
「総大将・・・」
「よっ!!鴆坊!!息災じゃったか」
「・・・もう鴆坊だなんて歳じゃぁございません」
「なんでぃ、あんた親父に鴆坊なんて呼ばれてんのかい」
「・・・・・・」





くくくっと忍び笑いをもらした男はぎろりと睨んだ鴆に臆することもなく、おお怖いとわざとらしく身をすくませた。
総大将によく似た麗しい容姿だ。亜麻色の髪は少しくせがあるようだが、それがまた男の色気を醸し出しているように思えた。何よりそのキリリとしてあでやかな瞳は総大将と瓜二つで、深い水の底を思わせるような底知れなさを携えていた。
気を抜けば引きずり込まれそうなほどに、美しい。


ただ、鋭く研ぎ澄まされた鴆の本能はこの男から少し距離を置けと即座に命を下した。
飄々とぬらりひょんと会話する姿からは緊張なんてものは一切感じられないのに、隙が全くない。それどころかその身から発せられる畏に、むしろこちらが気圧されそうなほどだ。





「・・・紹介が遅れました、息子の鴆でございます」




話を変えるために後ろに隠れていた息子の手を引いた。嫌がって羽織にしがみつくのを半ば強引に引っ張り上げて抱き上げると観念したように力が抜け、不機嫌前回の瞳がこちらを睨む。
それを見て奴良親子が笑い声を上げた。






「いやはやおぬしにそっくりじゃじぞその目」

「親子ですから」
「でも名前はおんなじ鴆なんだなぁ」
「引き継ぐためでございます」
「引き継ぐため?」





息子を抱いたままこくりと頷いてみせる。





「短命な我が一族に複雑な名前など不要。子が産まれれば親はその子に己の持てるすべての術と共に名を与えるのです。」





口調に反して息子を撫でる指先はひどく優しい。






「この命尽きる前に」
「んー…重いな」





じゃり・・・と音をたてて鯉伴が歩み寄る。その無防備な動きに鴆は少しだけ身を引いた。





「こんなおちびちゃんにそんな重ぃもん背負わせんのはちぃっときつくはねぇかい」
「受け継がれる鴆の知識をここで絶やすわけにはいかないのです」
「それにしても早すぎるぜお父さんよぉ。まだまだ遊びたい盛りじゃねぇか、なぁ?」





すり、と鯉伴の長い指が柔らかな頬撫でた。大人しく撫でられる息子の紅い瞳に男の顔が映る。






「では、、、根絶やしにしろと?」
「おめぇが長生きすりゃァいいじゃねぇか」
「え、、、、、」
「おめぇが長生きしてその分いっぱいこいつを遊ばせてやんな。物心ついててめぇの知識を受け継ぎたいって言うんなら、おしえていやりゃあいいじゃねぇか」





そうだろ?と首を傾げられて返す言葉が見つからなかった。どくどくと心臓が早鐘を打ち、数多の記憶が脳内に次々と浮かんでしゃがみこみたくなる。

生きろと言われたのはこれで二度目だ。





「おとうさん」



ぺちんと頬に触れられてはっと我にかえる。



「おとうさん、大丈夫?」
「悪ぃ、俺何か変なこと言っちまったかい?」
「あ……いや」



暫くぼぅっとしていたみたいだ。
心配そうにこちらを見る息子をきゅっと抱きしめ、二代目に深々と頭を下げた。




「失礼致しました、屋敷のでかさと皆さま総出のお出迎えに少し驚いてしまったようで」
「……そうかい…」
「話は済んだかい そろそろ酒宴にしようや、祝酒といこうじゃねぇか」



なぁてめぇら!!と楽しげに叫んだ総大将に組員が各々に雄叫びをあげる。ぞろぞろと屋敷に戻る妖たちの頭の中からは鴆のことはすっかり抜けてしまったようだった。



「おめぇらも早く来いよ 主役がいねぇんじゃはじまらんからのぅ?」
「あいよ」



ぱちんと片目をつむって背を向けたぬらりひょんに鯉伴がひらりと手を振る。





「なぁ…その子抱かしてくれねぇか」
「はい」



気付けば自分でも驚くほどすんなりと息子を手渡していた。いつも他人に抱かれるのを嫌がる息子ですら鯉伴に自ら腕を伸ばしている。




「愛らしいな」



ひらり、桜の花びらが目の前を通りすぎた。



「鴆坊の前でいなくなるなんて言うんじゃねぇぞ」
「………」
「残された奴の悲しみは底知れねぇ。おめぇも分かってるはずだ」
「鴆坊ってのは……」
「ん?ああ、こいつのことだよ どっちも鴆じゃ紛らわしいだろ」




な 、鴆坊と頬擦りする二代目に息子も気持ちよさげに目をつむる。

一瞬だけ。
この男の瞳にも自分と似たものがよぎった気がした。悲しみに似た、孤独を含んだ闇が。



「さ、中に入ろうぜ。酒だ酒だ」
「親子ともどもどうぞ宜しくお願い致します」
「ちょ、おいおい…やめろよそんな堅苦しい挨拶は」
「おねがいします!」



深々と頭を下げる鴆に慌てた鯉伴の腕の中で鴆坊がひときわ大きな声で叫んだ。きょとんと鴆坊を見つめていた二人は顔を見合わせると同時に吹き出したのだった。




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