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「あ…冷た」
「どうしたリクオ」
「なんか水滴が顔に」
まさかと上を見上げた途端ポタポタと雫が降ってきた。
いつの間にか夜の闇と暗雲が広がっていて、そこから冷たい雨が降り注ぐ。
こんな時に雨が降るなんて運が悪いと顔をしかめていると、大きな羽音がして視界がふさがれた。
振り返れば上半身をさらした鴆が自分の羽で雨滴を防いでくれていた。
「こんな羽でも十分役にたつな。濡れてねぇか?」
「うんありがとう。でもそれじゃ鴆くんが寒いよ」
「これが下部の仕事よ、ホラ荷物持って立ちな。尻が濡れる」
放られた袋を胸に抱いて鴆が立つのを手伝う。
片足でやっと立った鴆は壁に寄りかかると濡れた頭を軽く振った。
このままじゃ冷え込んで鴆が風邪をひく。でも今昼の、人間のリクオに出来ることは何もない。
今日は守られてばっかりだ。
「タオルかなんか持ってきてるかリクオ」
「いや、何も」
「ま、いいか。風呂に入ってると思えばよ」
「ごめんね鴆くん、寒いよね」
「また謝る。いい加減にしろ………よ、おい何してんだ」
きゅうっと素肌にしがみつくリクオに吃驚して問いかける。
鴆の髪から落ちた水滴が乾いた漆黒の着物にシミを作った。
それがじわりと広がるのを見ながら羽をまたリクオにかぶせてやる。
「鴆くんが寒くないように」
「こんな雨寒くなんかねーさ……っくしゅ!」
「……ぷっ、あはは」
「畜生…こんなんじゃかっこつかねぇな」
「え?」
もう髪が濡れるのもかまわずぐい、とリクオの頭を胸に密着させる。
とくとくとかんじる早めの心音と体温に、抱きつく力を強めて鴆を仰いだ。
「あーぬくいぬくい」
「鴆くん」
「もうちっとこうさせてくれよリクオ。お前を守ってるようで気分がいい」
優しい顔――
もう今日は何回も守られたよ、鴆くん。
「もう少し、オレにしがみついててくれ」
これが守られてるって感覚なんだね。
いっそボクの全部を君に預けて眠ってしまいたいくらいに心地良い。
でも、
「ずいぶん日が暮れたぜ」
「ぅおっ!?」
素早く鴆を横抱きにして上へと跳躍した。
あんなに遠かった丸い空を突き抜けて、雨をかきわける。
冷たく暗かった雨なんかもう何とも思わなかった。
そのまま薬鴆堂へと走っていく。
「リクオお前…夜の姿に」
「おかげさまで。それより羽しまいな、あと体冷えてるから着物を着ろ」
「お、おぅ」
早口で命じるリクオの腕の中でせかせかと羽をしまい、袖に腕を通す。
律儀に自分の羽織りまで鴆にかけてくれるリクオ。
その顔は雨でびしょ濡れだが、さっきまで抱きついていたのが嘘みたいに凛々しかった。
「リクオ、自分で歩けるからおろしてくれ」
「なんだ、守られんのが不満かい」
「そうじゃねぇけど…」
「今日守ってもらった借りはきっちり返す、あたりめぇのことだ」
そう言ってからすぐに、いや、とリクオは首を振った。
「借りっつうか…お礼、かな」
「お礼?」
「昼のオレをあちこち連れて行ってくれたお礼」
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