4
その朝、先に目を覚ましたのはリクオだった。
微かに開いた障子から差し込む光がちょうど目を射っていて、直ぐに目をつむる。
「ん…まぶし…」
光を避けるために一度寝返りをうってから起き上がる。
ちゃんと閉めてよね…と夜の自分に愚痴ったが、直ぐに昨晩の事を思い出して頬が熱くなった。
「(そうだ自分で……)」
風呂で1人自己処理をしてふらふらしながらやっとたどり着いた布団。
なだれ込むように倒れてすぐ襲ってきた眠気。
ついでに鴆にやってしまったあれこれも思い出してさらに赤面する。
「あっ!!鴆くんは!?」
まさか踏んでないよねっ!?
慌てて振り返った先では相変わらず小さな背中が上下していて安堵する。
が、変わっている箇所が1つ。
「あーっ!!!」
「んぁっ!?なんっ…なんだ?」
「鴆くんっ…」
「おぉ、リクオ早ぇな」
「鴆くん耳が…なくなってる!!」
「お♪片方の薬の効能がきれたんだな…って、リクオどうした?」
鴆が身を起こした先では昼のリクオがわなわなと両手を震わしている。
しかも大きな瞳に微かにたまるのは……
「僕、一度も触ってないのに……っ」
「なっ!!泣くやつがあるかっ!!;;」
「だって、夜の僕だけ…っ……ずるいよ…」
「馬鹿、奴良組の若頭がそんな事で泣くんじゃねえよっ」
ぱたぱたとリクオに駆け寄って膝に登る。
涙を拭ってやろうとしてぐーっと背伸びするが…
頬どころか首までだいぶ遠い。
着物の合わせを握り爪先立ちになるがさっきとそんなに変わらない。
必死にもがく鴆が面白くて流れる涙がぷつりと途切れた。
そしてとうとう。
「嗚呼…オレのが泣きてえ」
「ぷっ…くくっ…あはははっ!」
「リクオ」
「もう鴆くん可愛いvありがとうv」
「…可愛いって言うな」
拗ねた様子の鴆に手招きされ、両手に乗せる。
手のひらに加わる重さが本当に可愛いらしくてきゅんっとしていると、頬に両手が当てられて涙を舐められた。
ちゅっと吸われる感覚にひゃあっと声を上げ彼をひきはがす。
「しょっぱ」
「鴆くんっ…!」
「耳くれぇいつでもつけてやっから三代目がメソメソすんじゃねえっ!!」
「本当に?」
「…気が向いたらな」
「なにそれ」
一瞬不満げな顔をしたが、すぐに破顔して柔らかい笑みが浮かんだ。
とりあえずは一段落だけどまさか泣かれるとは思わなかった。
今思えばどちらのリクオも片割れに対しての嫉妬がハンパじゃない気がする。
――昼だけずりぃ
――夜だけずるいよ
うん。
何度も聞いたぜこのセリフ。
自分に嫉妬するなんざ本当に難儀な奴らだ。
「鴆くんも早く着替えて。ご飯たべよっ」
「おお」
+++++++
そして朝食。
黙々とご飯を食べる隣で同じようにご飯を頬張る鴆。
あまりに自然で誰も気づかなかった。
第一発見者はつらら。
黒い瞳をまん丸に見開いて吃驚に任せて乱暴に箸を置いて叫ぶ。
「え……ちょ!!ちょっとリクオ様ァアア!?」
「何、つらら?」
「何って、それ人形じゃないんですか!?」
「これ鴆くんだよ」
「ウソ…」
「誰が人形だぁ?クルアァアアア!!」
「えぇえええ!?」
と、鴆が肩を怒らせている最中に
バサッ!!
「え?」
「ん?」
「ぜ、鴆くん耳がっ♪」
「何ィイイイ!?」
再び猫耳が出現した。
さらに
ゴフゥッ!
吃驚した鴆が吐血した。
そこから待ちわびた獣耳にリクオがたまらず鴆に飛びついて、騒ぎを聞きつけた妖怪達が大集合。
穏やかな朝食時間は一瞬にしてある意味戦場と化した。
「…ったく騒がしいのう」
「賑やかでいいですわ」
そんな風景を見ながら、ぬらりひょんと若菜は端のほうで笑んでいた。
+++++++++
「よし!いくぜっ!!」
「落ちんなよ鴆、懐じゃなくていいか」
「心配ねぇよ♪」
「「「「(うわー和む〜+゚。)」」」」
庭で繰り広げられる2人の会話に組員は皆一様に花をとばしていた。
いちいち鴆に話しかけるリクオと、嬉々としてリクオの肩に座る鴆。
微笑ましいいちゃつきっぷりに戦闘意欲が根こそぎ奪われていく気がしてならない。
「り…リクオ様、鴆様は連れて行って危険ではないのでしょうか;」
組員を代表して首無が尋ねた。
振り向いたリクオは優美ともいえる笑みで問題ないさと言う。
「今日の奴らは雑魚だ、あっという間にしとめてやるよ」
「しかし万が一鴆様に攻撃があたりでもしたら…」
「んな暇は与える気はさらさらねぇよ」
「え?」
優美な笑みから一変して、今度は怪しい表情が浮かんだ。
口は弧を描いているがなにしろ目が笑ってない。
「出だしは正面ぶっちぎりで総攻撃。それでだいぶ減るだろうからあとは全部蹴散らせ。今日は楽しんでる暇はねぇぞ。そうだなぁ…てめぇらの畏れ全開にして
3分で倒すぞ」
「さっ……」
「余裕だろ?オレが先陣を切る。てめぇらは後に続きな、怯むなよ、ついて来い!」
「「「はい!!!」」」
「(すげぇ…)」
ビリビリと鳥肌がたった。
あんなに不安げな顔をしていた組員たちが、今や口元に微笑まで浮かべてリクオに付いて来る。
半ば強引で粗雑かと思われた作戦も武闘派な奴良組にはピッタリだ。
――これがリクオの百鬼夜行
すげぇ。
――そして自分はいま、
「この中にいるんだよな」
口にしてみるといよいよ感極まって涙が溢れそうになった。
嬉しい。
言葉に言い表せないくらいの感動が胸の奥からせり上がってくる。
今の自分はいつも以上に何も出来なくてリクオにしがみついているだけ。
それでもこの百鬼のうちの一鬼だと思うと無性に叫びたい衝動に駆られた。
「鴆、どうだいオレの百鬼夜行は」
「ああ…最高だ。武者震いがするぜ」
襟足を掴む鴆の手から歓喜を感じて、リクオも笑む。
さらさらと頬を撫でる風の中に微かに血の匂いが混じり始めた。
――さて、暴れるかな
冷たく凍てつく空気を肺に満たして、リクオは腹に力を入れた。
「いくぜてめぇら!出入りだ!」
+++++++
「はぁ…」
「満足かい?」
「ああ、これならいつ死んでも悔いはねぇくらいだ」
「…………」
「冗談だよ、んな睨むなって」
無言の圧力をかけてくるリクオに鴆は機嫌良く笑いながら言った。
薬鴆堂へと向かうヘビ妖怪に乗ったリクオは出入り後からずっと鴆の話を聞き続けている。
あぐらをかいた膝の上に座る鴆がまたも嬉しさからか、ゆっくりとため息をついた。
「本当に…楽しかったなァ」
「闘えなくてもか」
「そりゃ闘う方が楽しいだろうがよ、なんつうか…妖怪の本能が震えたっつうか」
「……また連れてくよ」
「本当か!?」
「そのサイズだったらな」
「チッ…無茶言うにゃよな」
「!」
「猫口調にいちいち反応すんなよ;」
「仕方ないだろ、好きなんだから」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、不本意ながらその気持ちよさに瞳を閉じる。
同時に眠気を感じてくあぁっと欠伸をした途端――
ボフッ
「おおっ!?」
「あ…戻った」
白い煙にまかれて、次に視界が晴れた時には元のサイズの鴆があぐらをかいた上に座っていた。
いきなり戻ってキョトンとしていたリクオだが、鴆の香をかぐなりその体を強く抱きしめた。
「やっぱ鴆はこのサイズじゃねえとな」
「おー、なんか景色違うな。リクオもなんか小せえ」
「あんまかわんねぇだろ。けど、これでちゃんとお前を抱けるな」
「ぅ………やっぱそれ前提かよ」
「もち」
「この色ボケ妖怪」
「なんとでも言えよ」
ちゅっと首筋に口づけると鴆がくすぐったそうに身をよじる。
ごく自然に見つめ合った後、久方ぶりの甘い口付けが薬鴆堂に着くまでゆっくりと続けられたのだった。
了
.
[ 37/44 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]