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「じゃあ薬の場所変えたの忘れてて飲んじまったって事か」
「そういう事だよ」
「はぁ…鴆ってどっか抜けてるよなぁ」
「抜けてんじゃにゃあ忘れてたんだ」
一緒だろ、とため息をついたリクオは膝に座る鴆をつついた。
それだけで落ちそうになった鴆は慌ててリクオの着物にしがみつく。
「医者の不養生だな」
「…それちょっと違うんじゃにゃいか」
「じゃあ紺屋の白袴」
「それも違うだろ」
「糠に釘」
「適当言ってんにゃ」
ぱたぱたっと黒耳を動かしてつっこむ。
小さくなっても相変わらずの会話にリクオはくすりと笑って鴆を両手に包んだ。
「ま、どっちにしたって薬師さんの大失態だよな」
「む……。頼むからあんま組員には言わにゃいでくれよ」
「別に言やしねえよ。けど直に見つかるな」
「は、にゃんで?」
「オレが連れて帰るから」
「「え!?」」
若頭の突然の申し出に会話を聞くだけだった番頭までもが立ち上がった。
そして早速部屋を後にしようとするリクオの前に立ちふさがる。
「何を言ってるのですか!ダメに決まってます!」
「いいじゃねえか、1日借りてくだけだぜ?」
「なりません!そんな状態の鴆様を連れて回るなんて」
依然として退く気配の無い番頭。
主に対する忠誠心はなかなかだが些か過保護すぎやしないか。
この番頭は特に敵に回すと一番厄介な、理屈っぽくて扱いにくい相手だ。
今まで通いつめているだけにリクオは嫌というほど知っていた。
ふーっとため息を1つつくと肩に乗せた鴆に顔を擦り付けて少し甘えた声で言う。
「なァ鴆〜、1日くらいいいだろ〜?」
「けど本家でこんな痴態を晒すのはにゃあ」
「……明日出入りがあるんだが(ボソッ)」
「Σえ!」
「今のお前ぇなら連れていけると思ったんだが、そうか、ダメなら仕方な……」
「カエル!留守は任せたぜ!!」
「えぇ!?」
チョロい(笑)
計画的な犯行に鴆はまんまと引っかかってくれた。
まさに鶴の一声と言うべきか、あんなに聞き分け無かった番頭もしぶしぶ引き下がった。
まぁ出入りに連れて行く行かないはひとまず置いといて、
「(こんな可愛い生き物…遊ばなくてどうするよ)」
ちらりと例の小動物を見る。
リクオが歩く振動にも慣れたのか鴆は肩の上で足をぱたつかせていた。
出入りに行けると信じきっているせいで、今の彼はずいぶんとご機嫌だ。
だが、縁側に出た途端小さな体がふるりと震えた。
「寒いか?」
「少しな。…うおっ!?」
「ここに入ってな、落ちんなよ」
寒いと聞くなりリクオは鴆を無造作にわしづかみにして自分の懐に放りこんだ。
ころりと一回転したが猫なだけに器用に身を捻って着物に捕まる。
罵声を浴びせてやろうかと思ったが、リクオの懐の中が思った以上に温くて鴆はほぅっと息をついた。
「大丈夫か鴆」
「おー、っつか案外快適だなここ」
「ははっ、呑気な奴だねぇ」
――温い。それにリクオの匂いがする。
「リクオ様ー」
「さすがに早ぇな朧車」
「リクオ様こそお早いですな」
「ああ、面白いのが手に入ったからな」
そう言いながらリクオは自分の懐を優しく撫でた。
小さく膨らんだ着物が微かに動いた気がして朧車が目を見開く。
「何ですかいそれ」
「…オレの一番大事なものだ」
「リクオ様の!!何なんですか?」
「くすっ…知りたいか?」
「はい、ぜひ!」
コイツいきなりばらす気か!
っつかさっきから撫ですぎなんだよ。別にいやじゃねえけど喉がゴロゴロ鳴ってうるせぇっつうの!
言うなよ。
言うなよリクオ!
「湯たんぽだよ。鴆特製のな」
「鴆様のですか…リクオ様冷え性でしたっけ?」
「まあな。だから早く中に入れてくれ」
「ああっすみません、どうぞどうぞ」
ありがとよ、とリクオの声がしてすぐに朧車が動き出す音が聞こえてきた。
ゴォオオ…と音が安定してきたところで鴆は小さく舌打ちしてリクオの胸を叩いた。
「誰が湯たんぽにゃ」
「オレ冷え性だからさ」
「嘘つけ…ったく」
「そう拗ねんなって湯たんぽ」
「…………噛むぞ」
無事に本家に着いたリクオはどんちゃん騒ぎする大広間の前をせわしなくうろうろしていた。
障子に手をかけたかと思うとしばらく唸り、いや待てとまたうろつく。
非常に怪しいが当の本人は本気で悩んでいる。
何度か往復したところでおもむろに自分の着物を掴むとバッとはだけさせた。
「んあ…?」
「寝てやがったな鴆」
「悪ぃ悪ぃ。あんまり居心地良いから」
「なぁ、お前の事まず誰に言えばいいと思う?」
「なんでぇ。まだ誰にも言ってなかったのかよ」
くあっと欠伸した鴆は自制しているのか猫語ではなかった。
ちょっと惜しいなと思いつつ辺りを見回すリクオがいたって真面目な顔でだってよとこぼす。
「なんか誰にも言いたくなくてよ。オレだけが可愛がりてぇ」
「ばっ!!……馬鹿言ってんにゃよ!!」
「猫語になってんぞ、尻尾揺れてる。素直じゃねぇなあ」
「ぅぐっ……///」
仏頂面でだんまりを決め込んだ鴆の喉を笑いながら撫でてやる。
人差し指で撫でるとその気持ちよさにゴロゴロと喉が鳴る。
終いには自ら頭を擦り付けてくるものだからたまらない。
まさに悶絶。
「何してるのリクオ?」
「あ、母さん」
後ろを振り返ると酒の入った一升瓶を抱えた若菜が立っていた。
けれど何やら視線が痛い。
その目が“自らの着物をはだけさせて何をやっているのだ”と息子に問うていた。
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