※鴆が猫化&小さくなってます




「今日はいつもより遅くていいから」

「御意」




軽く頭を下げた蛇妖怪が身をくねらせて帰って行くのを見届けてから薬鴆堂の門をくぐった。

今日は週末で、明日が休みだと思うと足どりも軽くなる。

ふだんが学校生活に支障が出るからと昼の自分に釘を刺されているだけに、毎週この日が楽しみで仕方ないのだ。


――二日酔いに苦しむのは君じゃないんだからね!!


頭の中で昼の声が聞こえた気がしたけどもちろん流してやった。

今日だけは遅くまで鴆と飲み明かす約束なのだから。

それに、




「了承したのはおめぇさんだぜ…っと」




裏庭に回り鴆の部屋に一番近い縁側に足をかけた時、廊下の突き当たりの暗がりが揺れた。

月光に慣れた目を瞬かせ、闇にいる者を睨みつける。

畏れを発動させて低い声で声をかけた。




「誰だてめぇ」




さらにチキ…とドスを抜こうとすると、慌てた何かが声を裏返らせながら飛び出してきた。




「お、お待ちくださいリクオ様っ!私です、番頭ですっ!!」

「…なんだお前か。んなとこで何してんだ?」




ペタペタと明るみに出てきたカエルの番頭がにへらっと不自然な笑みを浮かべた。




「リクオ様をお待ちしていたのです」

「オレを?」



珍しいな――。

いつもならリクオがどこから入ってこようが気にしないのに。

今日はわざわざお出迎えか?

珍しいというか怪しい。




「何か用か」

「いえ、その…今夜だけは鴆様との酒宴を控えて頂きたいとお願いに参ったのです」

「…どっか悪ぃのかい」

「あーまぁ、そんなかんじですかな」

「ふぅん?」




確かに今までも鴆の体調が優れなくて飲まずに帰る事は数えられないほどあった。

でもそれは毎回鴆が飲みたいと駄々をこねるのをリクオが叱って中止という流れ。

こうして番頭が直々に断りに来るなんて……


ジリッと身を焼くような不安が駆け上る。

呼吸が乱れるのを抑え、すぐさま鴆のもとに行こうとしたのだが、




「ちょちょちょっ!!リクオ様お待ちください!!」

「離せよ」

「離しません!今鴆様は面会できる状態ではないのです!!今日はどうかこのままお帰りください!」

「ふざけんな離せよ!」

「いやですー!」




この分からず屋が!

組員の最期を看取らずおめおめと帰る大将がどこにいるって言うんだ。

いや、最期になんかさせねえ。

鴆は絶対に逝かせやしねえ。




「あぁ!?」




足をつかんでいたカエルが頓狂な声をあげた。

鏡花水月を使って番頭の腕を上手くすり抜け鴆の部屋まで走る。

通い慣れた部屋からは何も聞こえない。

衣擦れの音も、咳の音も、苦しげな息づかいも。


何も…聞こえない―――。




「鴆!!!」




いよいよ恐怖が襲ってきて、勢いよく障子を開け放った。


リクオが障子を開けた音がパァンッと反響する。

そしてまた同じように無音が広がった。

見渡した部屋には布団が敷かれていたが、掛け布団がめくれて抜け出したあとがあった。

部屋の主はどこを見てもいない。




「んだよ…鴆。どこにいったんだよ鴆!!!」




黙っていたら底知れぬ恐怖に押しつぶされそうだった。

湧き上がる嫌な予感を振り払うために、無意味とわかっていても叫びつづけた。




「くそっ……どこ行ったんだよ…バカ鴆が!!」


誰がバカにゃ誰が!!


「え……?」




聞こえた。

微かだけど、間違いなくこの部屋のどこかから鴆の声が聞こえた。

足を踏み入れた暗がりの中でもう一度呼んでみる




「ぜーん」

「ふむにゃよ」

「Σ!?」




踏んづけていた掛け布団がもぞもぞと動いた。

びっくりして飛び退くと、まず出てきたのはふわふわした長い尻尾。

そのままずりずりと尻から這い出すようにして出てきた顔を見れば。




「鴆!?」

「おうよ」

「え、何で耳生えて……っつかちっさ!」

「おめぇには見せたくなかったにゃ…」




リクオの前であぐらをかいた鴆はまさに手のひらサイズだった。

大きさだけではなくその頭部からは黒い耳が生え、おまけに黒い尻尾までついていた。

リクオを見上げながら顔をしかめるが、いつもの迫力は皆無に等しく、むしろ。




「(やべえわ…)」

「にゃにしてんだよリクオ!っつかでかくて見えねえ、明かりつけてくれにゃいか?」

「ぶぶっ!!」

「リクオ!?」

「……いい、何でもねえ」




鴆の容姿ばかりではなく語尾まで崩壊(にゃんにゃん口調)していることに悶える。

自然と緩む顔を隠しながらろうそくに火を灯したところで、足音がした。




「あぁ…やはり見つかってしまわれましたか」

「にゃにがやはりだよ。見張っとけっつただろう?」

「すみません」




しょぼんとした番頭が持っていた明かりを床に置き、部屋に入ってきた。
ペコペコしながら小さい鴆(しかも猫)に叱られる姿がすごく可笑しい。

そんな猫鴆の隣にわざとどすんと腰を下ろすとぴょんっと体が浮いた。

それを捕まえて襟首を掴み、自分の目の前にぶら下げた。




「ああっリクオ様そんなぞんざいに扱わないでください!!」

「見つかっちまったもんは仕方ねーだろ。何があったか話せよ、ぜーん。…くくっ」

「馬鹿にしやがって畜生。」




力無く垂れた手足がぷらぷらと揺れる様にまた胸の奥がくすぐったくなる。


ああもう、可愛すぎんだろコイツ。





「ま、この姿もオレの記憶が正しけりゃまる1日でもとにもどるんだがにゃ」

「ほぉ」

「で、原因はだにゃ……ってお前人の話きいてんにょかリクオ!」

「うわっ!にょってお前……+゚。」

「聞けよ!頼むから!」




耳やら手やらあちこち触るリクオに鴆は半泣きで叫んだ。

リクオが猫好きであることを今回ほど恨んだことはないだろう。





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