菜の花


微かに花の香を感じる事に気づいたその日は、珍しく調子の良い体を日光にさらしていた。

縁側でまどろみながら奴良組の大桜を思い出す。

そしてそれは花びらの舞う中で悠然と此方を見つめる彼を連想させた。




「あ、いたいた。さすが番頭さん」

「おぅリクオ!どうしたんだよ!」

「遊びに来たんだけど今大丈夫だった?元気?」

「お前が来るんならいつでも元気だっつうの。うん、よく来たな!」




昼のリクオを見つけるなり駆け寄って撫で回す鴆。

少し暇だったのも相まって、若頭が来てくれた事に終始口が綻んでいた。




「今茶を用意させっから居間に入れよ」

「あ、じゃあ僕ここがいいな」

「縁側でか?」

「うん。鴆くんと並んで日向ぼっこもいいなって」

「そっか」





「ほんとにのどかだね」

「春だからな。酒じゃなくて良かったか」

「鴆くん、僕まだ未成年だからね」

「けど夜のお前は飲んでるし、もうすぐ元服だろ?」

「もー、遠まわしにすすめるのやめてよね。妖怪と人を一緒にしないで」

「そうかぁ?お前が酔った姿も見てぇがな。なんでも絡み癖がすげーとかで」

「ちょ、誰情報なのさそれ!」

「さあ」




くっくっと喉を震わして笑う鴆。

伸ばした手は愛しい彼の栗色の髪を撫でる。

リクオは子ども扱いは嫌いと言いつつ、鴆の手を振り払う事は絶対にしない。

リクオが優しいからとも言えるけど、何より2人が恋仲である事が大きかった。




「はい」

「ん、なんだ?これ」

「菜の花だよ。お土産」




どこから摘んできたのか、ここらでは珍しい一本の菜の花。

小さい黄色い花びらの集まりが鴆の手の中でふわりと揺れた。



「オレに?」

「当たり前でしょ?他に誰がいるの」

「けどお前が花なんてな」

「あ……やっぱり子どもっぽかったかな」

「いや」



嬉しいよ。


くるくると手中の花を回しながら言う。

お世辞とかじゃなくて素直に嬉しかった。

優しい黄色い花は昼のリクオにぴったりだとも思った。




「良かった。此処に来るとき菜の花畑見つけたから、鴆くんに見せたいなって」

「へぇ、行ってみてぇな」

「でしょ、そう言うと思ってたんだけどね」

「だけど?」

「だけど…ここに来て鴆くん見たらどうでもよくなっちゃったんだ」




リクオの瞳はひどく優しい。

投げだした足が交互に動くのを見つめながら次の言葉を待った。




「あのね、一緒にいたいなって思ったんだ」

「――――。」

「菜の花ももちろん見に行きたいんだけど、ただこうして鴆くんと一緒にいるだけでいいって思ったんだ」

「リクオ」

「君が隣にいるだけで、いいんだ」




分かる?と首を傾げたリクオ。

頷く前にその小さな肩を抱き寄せていた。





しがみつくように抱きついていた鴆の背中にぎこちなく両手が回る。

温もりを求めるようにリクオは頭を鴆の胸に擦り付けた。




「…今度ちゃんと菜の花畑にも行こうね」

「ああ」

「そうだ、お弁当持っていこうよ。写真もいっぱい撮ってさ」

「そうだな」

「2人で一緒に、ね」

「もちろん」




ザザザッとひときわ強い風が吹き抜けた。

春一番をとっくにすぎた空気はすっかり春色に染まって、心地よく流れていく。

リクオの匂いに混じって、たくさんの菜の花の香を嗅いだ気がした。




リクオ、菜の花の花言葉知ってるか?

今のオレらにぴったりだと思うんだ。



[快活な愛][小さな幸せ]




一面の菜の花。

楽しみにしてるから。








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