記憶


すり、とリクオが動いた気配がして帳簿をつける手を止めた。



「やけに静かじゃねえか」

「んー」




背中合わせで座ったリクオが曖昧な返事をする。

眠たそうな、そしてどこか幼さを感じさせる声にペンを置いて笑った。



「いつもはやたらと絡んでくんのによ、考え事かい」

「……。鴆は、さ」

「うん」

「父親がどんなだったか思い出せるか」

「親父か?そうだな…まぁうろ覚え程度だけど」

「優しかったか」

「優しかったっつうか、厳しかったな。毎日叱られっ放しだ」

「…鴆は親父似だな」

「どういうイミだ」

「俺に怒鳴ってばっかだ」



くつくつと喉を鳴らして笑うリクオにほっとした。
今日初めて笑顔を見た。

この部屋に来て軽く挨拶を交わすなり、リクオは帳簿をつける鴆の背に寄り添って動かなくなったのだ。
酒を飲むでもなく、ちょっかいを出すでもなく、ただ天井を見つめていた。




「二代目はどうだったんだ」

「親バカだったよ」

「ははっ、息子が言うんだから間違いねぇな」

「超がつくくらいべったべただぜ。こうやって…」



後ろから抱きしめられて頭の上にリクオの顎がのった。




「リクオは可愛いなぁ〜ってさ、離してくれないんだよ」

「くくっ…あの二代目がなぁ。意外だ」

「だろ。でも…すっげえ温かかったんだ」

「―――。」

「これだけはハッキリ覚えてんだ。親父に包まれてるってだけで安心できた」




前で交差された腕にポンと触れてやる。

リクオと同じように鴆も幼い頃に父親を亡くしているから、リクオの寂しさが痛いほどわかるのだ。

それを紛らわすように首筋に顔をうずめたリクオがクスリと笑う。




「奴良組三代目が何やってんだろうな、すまねぇ鴆」

「ほんとだぜ。いつもならしっかりしやがれ!って怒鳴ってやるところだ」

「ははっ、勘弁してくれ」




笑いながら離れようとしたリクオの袖を、でも、と言いつつ握る。




「今はいい」

「………。」

「オレの前で強がんなくていいんだぜ。リクオの気持ちは少しなら分かる」

「…さすがお兄ちゃんだな」

「いつから一緒にいると思ってんだよ。」





またリクオに後ろから抱きしめられて、ああ…これかと納得した。

鯉伴から感じていた温かさと安心感をリクオはしっかりと受け継いでいるようだ。

ずいぶん逞しくなった体を見れば二代目は幼い頃と同じように息子をしっかりと抱きしめてやるだろう。

さすが俺の息子だ、なんて言うかもしれない。

でもやっぱりそれはただの想像でしかなくて言ったところでリクオを切なげな笑顔にさせてしまうだけだ。

それなら――




「さすが俺の大将だ」

「なんだいきなり」

「リクオが俺の主で良かったって事だよ」

「…それだけか?」

「さすが俺の義兄弟」

「鈍感」




前で組まれていた手が滑るように懐に侵入して、胸をひと撫でする。

完全に油断していたせいで簡単に甘い悲鳴があがった。




「二代目はこんな事してきたのかよ」

「親父のにアレンジを加えてみたんだけど、どうだ?」

「たまらねぇな」

「やっぱり?」




いつもの悪そうな顔でニヤリと口角をあげる。


行灯の光の中に浮かぶ端正な顔立ちを見つめて自然と瞳を閉じた。

真っ暗な視界の中で唇から柔らかな感触が伝わった。




「リクオのせいで俺も寂しくなっちまったぜ…慰めてくれるか」

「いいけどもう今夜中には離せねぇから」

「ありがてぇな」



深い口づけを交わして、翻弄されるままリクオに手を伸ばした。





俺が出来る事といえばいつまでもリクオといることだ。
二代目の穴を埋めるだなんて大層な事はできない。けれど、この命尽きるまで彼と添い遂げる事は容易なはずだから。


二代目を語る時みたいに優しい顔をして。
遠い未来でリクオが俺のことを思い出してくれていたらいいと心から思うんだ。






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