こちらは本家裏庭。
その片隅、子どもが2人茂みの前にうずくまっている。



「これは野苺で食べられます、しかしこっちのは蛇苺ですので食用にはむいてません」

「分かりにくいね」

「1粒の大きさで見分けるのですよ。ぎゅっと締まったのが蛇苺です。…はい、どうぞ」

「蛇苺?」

「まさか、野苺ですよ」



恐る恐る出されたリクオの手に赤い実を乗せる。



「割って。中に虫は居ませんか?」

「居ないよ」

「では召し上がれ」

「え!?これを?」

「もちろん」



鴆がこくりと頷いたが、見下ろすリクオの顔はまだ疑いを隠せないでいた。
周りからすれば無造作に摘み取られたただの赤い実だが、鴆にとってはすっかり慣れ親しんだ美味なる実だ。
素朴な甘味とプチプチ弾ける粒。ジャムにすればそのほんのりとした甘さが引き立つ。
父と薬草を取りに行くのも野苺食べたさに行っていると言っても過言じゃないくらい。


なのに最近はめっきり姿を見なくなったのが残念でならなかった。だからまさか本家で見つけるとは思わなくて、元服目前の歳だというのに思わず走り寄ってしまいリクオに笑われた。

――この美味しさをリクオに教えてやりたい



「失礼」



未だにためらっているリクオの手から割った野苺を半分貰って、ひょいと口に含んだ。
プチプチと鳴る音と甘い芳香に自然と口は弧を描く。



「おいしい?」

「はい、とても」



満面の笑みで頷いたのを確認したリクオが、決心したようにおずおずと赤い実を口に入れるのを見守る。
そして数瞬のうちにぱあっと輝いた瞳に満足げに笑んでやった。



「どうですか」


聞かずとも帰ってくる答えは


「おいしい!」


だろうな。


「それはようございやした」

「さすが鳥さんだね!」

「……それかんけーねーだろ」



予想外の感想に思わず口調が素に戻る。
ついでにチッと舌打ちもプラスしたがリクオは怯えるどころか、ふふふと笑い声をあげた。



「何笑ってやがる」

「鴆くんはその話し方のほうがあってる」

「知ったような口きくなよ。まだ会ったばかりでそんなの分かるかよ」

「分かるもん、そのくらいボクだって…分かるもん!」

「あー…はいはい、すまん分かったから泣くな。」

「泣いてない!」

「………はいはい」



潤んだ目と、子ども特有の頑固さを目の当たりにして鴆は苦笑した。
そのままごろりと草の上に寝転んで内心で呟く。



――親父、やっぱ無理だ



実は今日、本家に来るにあたって父と約束したことがあった。
それは真面目で厳格な父ならではの言いつけだった。



『今日会うリクオ様は後々お前の主になるであろう御人だ。くれぐれも粗相がねぇように敬語で話すんだ、できるかい?』
『敬語くらい大丈夫だよ』
『本当かぁ?』
『できるってば!』
『じゃあ指切りな』
『………子どもみてぇ』
『くくっ、お前まだ子どもだろうが。……じゃあ約束だぜ』



ゆーびきりげーんまん と腕を振りつつ歌ったのが行きの朧車の中での話。
けれど鴆は内心で自分なりの考えを固めつつあった。


“自分の主は自分で決める”


この生い先短い命すべてをかけてもいいと思えるような、思わずその手をとってしまうようなそんな主。
父が仕えているからという安直な考えでその息子に仕えるのは鴆には我慢ならなかった。

上辺を掠める程度の忠誠心なんていらない。


己が主と決めた者にしか敬語は使わない。


そう心に決めたのだが、


「(親父、やっぱいろいろ無理だ。コイツ全然わかんねえ)」



チラリと隣に座る子どもに目をやる。
柔らかい髪をさわさわと風になびかせて楽しそうに笑っている。さっきまで泣きそうだったのが嘘のようだ。



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