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夜は過ごしやすい。
それは人も妖も同じことで、射るような熱さを備えた太陽が無いおかげで随分と過ごしやすく感じるもの。
風鈴の音で涼を感じながら二代目親子はわいわいと作業を進めていた。
「“夜がお父さんと呼んでくれますように”」
「本当に書いたのかよ;」
「お前はツンツンだからな。デレがねぇよデレが」
「つんつん?」
「聞くな昼。ろくな事じゃないから」
「う、うん。あれ?夜は何も願い事書かないの?」
「………まだいい」
チラリと鯉伴を見ると直ぐに目を伏せた夜。
そういえば鯉伴が来てから折り紙で輪っかを繋げるばかりで短冊に手をつけていない。
ここは父親としては気になる。
「早くしないと飾っちまうぜ」
「ん……あとでかざる」
「……そぅかい」
もう少し突っ込んでも良かったけれど今回は見守る事にした。なんとなくだけれどこのままそっとしておくのが一番な気がする。
「あ〜いないと思ったら皆ここにいたのね」
「母さん」
「若菜、給仕はもういいのか」
「ええ。もうお話が中心になってるから抜け出してきちゃった」
えへへと愛らしく笑った彼女は鯉伴の妻であり、双子の母である若菜。
妖怪任侠に嫁いだ人間であるが、元々の性格か、はたまた慣れか。妖を恐れない柔和さは今や奴良組の癒やしになっていた。
「おかーさん見て!」
「どれどれ〜?」
短冊を片手に駆けてきた昼を抱き止めて若菜がその内容を読み上げた。
「“皆が元気にすごせますように”…皆って奴良組の皆かしら」
「あとね、学校の友達と先生と隣のおじいちゃんと…お父さんとお母さんと夜と」
「ふふっ、昼は優しいのね」
指を折りながら名前をあげていく愛しい子の頭をふわりと撫でてやる。抱きしめた昼の肩ごしに柔らかく笑む鯉伴が見えて、この幸せに顔が綻んだ。
カサカサカサ…
紙の擦れる音がしてそちらを見ると夜がもくもくと輪っかを作り続けていた。その顔がどこか不満そうで、何があったのかと旦那を見ればちょっとなとジェスチャーと苦笑が返ってきた。
「夜、まだ願い事は書かないのかぃ?」
「まだいい」
「輪っかはもう充分だとおもうぜ」
「…………」
とうとう俯いたまま作業さえ止めてしまった夜。鯉伴にしまったという顔を向けられて若菜はあらあらと内心で苦笑した。
「よーっし、じゃあ昼はお父さんと笹を飾ってきてちょうだいな」
「お母さんも行こう?」
「お母さんはここで夜と楽しみに待ってるわ。私たちをびっくりさせて」
「うん!」
「悪いな若菜」
「任せて下さい」
顔の前に手を置いて謝る鯉伴にどんと胸を叩いて微笑む。
鯉伴も同じように笑うと、昼をひょいと肩車して笹竹の方へと歩いていった。
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