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「リナ、だけど」
「リナ、ね。覚えておいてあげる、あんたの名前」
「別にいいよ。ムリに覚えなくても」
嫌々覚えられても…。
なのにチェシャ猫は少し悲しそうな顔にも見える笑い方をした。
「いつか役名に縛られた時、誰かが覚えてなきゃ戻れないだろう?」
「それはどういう意味?」
私の問いかけに肩を竦めたチェシャ猫。
どうやら教えてはくれないらしい。
くるりと身体の向きを返ると、森の奥へと去っていこうとする。
「もう行くの?」
「ああ、懐かしい匂いの正体もわかったし。じゃあな」
そう言うと、チェシャ猫は煙のように消えてしまった。
「消えた…!」
「またどこかに散歩しに行ったんだよ」
「そ、そうなんだ」
あっさりと普通に返されて何も言えなくなってしまった。
ここではこういう不思議な事は当たり前のようだ。
「そうだお姉さん。女王のところに行こう」
「女王って?」
「ハートの女王。この森を抜けたお城にいるんだ」
黒ウサギ君は私の手をとると急かすように引っ張ってきた。
もう女王様のところに行くのは決定事項みたいだ。
でも女王っていったら偉い人だよね。
私が会ってもいい人なのだろうか。
でも会えばこの世界について何かわかるかもしれない。
別に黒ウサギ君が教えてくれないわけじゃないのだろうけど、なんだか曖昧にりそう。
「わかった。行こうか女王様のところへ」
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