04


「たっだいまー!」
 イヅチが台所に入った直後、玄関から元気な声が響いた。
「おかえりなさい、レセ。今日は何も壊さなかったですか?」
「失礼な! 別に毎日壊してるわけじゃないから! というか間違って蹴飛ばして壊れちゃうだけだし。私のせいじゃないよ」
 口を尖らせて台所に顔を出したレセ。
 彼女もまた、EMPの能力者である。女子高生にして組織の上位に位置する彼女は、ドジを踏んでしまうようことが多々あるようで、よく物を壊してしまうようだ。
「でも壊してることは事実ですよ。まったく……No.3であることを自覚してくださいね、レセ。そういうことを仕事でやらかして『対象外』まで殺してしまっては『間違った』では済みませんよ。あなたのその殺人的足技は脅威なんですから」
「はーい! もう耳タコだしそれ。ちょっと着替えてくる!」
 急須を持ったまま説教を始めたイヅチを怪訝な顔で一瞥すると、レセは風呂場へと逃げてしまった。
「あ、そういえばアオギがまだお風呂場にいますね。鉢合わせしても大丈夫でしょうか」
 ふと心配してみるも、レセのあのフレンドリーな性格だったら大丈夫か、とその不安を掻き消してお茶を淹れるのを再開した。
 しかし数十分経ってもなかなか二人はここへやってこない。
 レセは部屋に戻ったとしても、アオギはここへ必ず来るはず。けれど来ないということは、勝手が分からず未だ風呂から上がって来れないのか。
 不意にイヅチは思い出した。アオギが記憶喪失だったことを。
 すべてにおいて忘れているということは、風呂の入り方なんて以ての外。
「まさかとは思いますが……アオギはずっとお風呂場に?」
「やってしまった」と呟き小さく息をついて風呂場へと向かうイヅチ。
「アオギ、入りますよ? すみません、記憶喪失だということ忘れていました」
 ガチャリと風呂場のドアを開けると、そこにはレセとアオギが対面して立っているではないか。
「えっと……何しているんです? あ、レセ、この子は……」
 こちらに背を向けているレセの肩を掴んではみたものの、なんだかレセの様子がおかしい。ピクリとも動かない。じっとしていることが出来ないのがレセの特徴といっても過言ではないほどにいつも騒々しいのに、だ。
「レセ? どうしました?」
 不可解な現象が目の前で起きていることに首を傾げ、イヅチはレセの前方に回り、顔を覗きこんだ。
「レセー?」
 顔の前でひらひらと手を上下させるも、彼女は一向に反応を見せない。
 どうしたのか、とふとアオギに視線を向けると、その形相は只事ではなかった。
 まるで今からレセを殺しにかかるかのように強く、鋭い眼光で睨み付け、どす黒いオーラを放っている。背後に死神が見えそうだ。
「アオギ! どうしました!? 何かあったんですか!?」
 イヅチが慌てて声をかけると、アオギはイヅチの存在に気づき、その殺気を内に抑えた。
 すると今まで無反応だったレセが突如声を上げる。
「何今の!! この子何したの!! つか誰!?」
「よかった、無事なんですね、レセ……」
 肩の力を抜き、ホッと一息つくと、イヅチはレセをいったん風呂場から出し、アオギに背を向けて小声で話しかけた。
「あの子に何かしたんですか?」
「なんもしてないし! 私が風呂場のドア開けたらコイツが突っ立ってて、睨まれて動けなくなって……ていうか私のほうが説明欲しいんだけど!?」
「ドア開けたらって……じゃあレセが風呂場に向かったときからずっと今の状態だったんですか。数十分も……」
「無視しないでよ私に説明してよ誰なんだよアイツは」
 苛立ったレセは舌打ちをかます。
「とりあえず、説明はあとでします。あの子、記憶喪失なのでお風呂の入り方も分からないんですよ。だから、説明は彼をお風呂に入れてきてからでいいですか?」
「んー、わかった。じゃあその間にご飯の用意しとくね」
「シグラが、ですけどね」
「そうだよシグラがだよ」
 ケッ、と面白くなさそうな顔をして手を振りその場をあとにするレセを見送り、イヅチは再び風呂場に入る。
「すみません、お風呂の入り方、教えますね」

 アオギは入浴を覚えた。

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