愛しき人よ、どうか永遠に


『ねぇ、剣城君』

『何だよ』

『私、今度死んじゃうんだ』


ハッ、と目を覚ませば、いつもの天井が目に入る。またこの夢か、と思いつつ、部活に行く用意をする。

こないだ彼女に言われた言葉が、夢で俺を翻弄している気がする。確かにアイツは元々体が丈夫じゃないから、少し走っただけですぐ息があがる。体育をするなんて、もっての他。ただ、マネージャーはするという決意だけが、俺を不安にさせる。もし、だ。もしアイツがフィフスセクターに狙われてしまったら、と思うと…。
…俺はいつからこんなに心配性になったんだ。いやでも、アイツの事は大事だ。大事だからこそ、心配しすぎて心配性になってしまったのかもしれない。
ふぅ、と息を吐いて、顔を洗いに洗面所に行く。洗う前は酷い顔。洗った後も酷い顔。目は覚めるが気持ちは洗い流されない。やっかいな靄(もや)だ。

部活に行けば松風達が先に居た。「おはよー剣城!」とか言うから「よぉ」と無愛想に言う。正直これが俺の限界。幼い時みたいに言えなくなった。無邪気な笑顔は、出来なくなった。
着替えが終わる頃には、先輩達やマネージャーも居た。勿論、アイツも。監督とコーチが入って、今日のメニューを説明する。
普通、なのにな。これが日常なのに、アイツにとってはどこか違う。


「おい」

「どうしたの?」


第2グラウンドへ向かう時、俺は榎本を止めた。ずっと気掛かり――というか、“死ぬ”という言葉で魘(うな)されてきた。何故“死ぬ”なんて俺に言ったんだ。
一番辛いのは本人に決まってはいる。だが榎本の彼氏となっている今、俺も辛い。大事な人が居なくなるのは、辛い。


「何で弱まったんだ」

「なんでだろうね?」

「…ッ…」


言葉や舌を噛み締める。“マネージャー無理してやってるからだろ”って言ってしまいたい。だけどそれはコイツの生き甲斐を無くすも同然だ。辛いのに、我慢して。我慢して出来た笑顔は、何も言わせない。
遠くから俺と榎本の名前を呼ぶ声が聞こえる。行かないとまずいな。走って向かったからか。置いていってしまったから、俺は死ぬほど後悔した。


「ん?剣城!榎本はどうしたんだよ!」

「まだ部室だと思います」

「ったく、連れてこいよー」


滅多に話さない瀬戸先輩に話し掛けられて、驚いた。しかも話題が、榎本だったから。もう少ししたら来ると思うけどな、と思って、部室に向かう瀬戸先輩を余所に練習に取り組んだ。
―――が。


「みんな!大変よ!」


慌てて走って来た音無先生。次の試合の事だろうか、と思っていた。だがそれは全く違った。


「榎本さんが…!」


ぞわっ。一瞬にして鳥肌が立った。まさか。まさかまさかまさか。嫌な予感しか浮かばない。今朝の夢が蘇って、言っていた言葉も鮮明になってきて、嫌な汗が出てきた。
俺は耐えきれなくなって保健室へと向かった。


「はっ…はっ…」


少ししかない距離なのに、息が上がる。苦しい。心臓が締め付けられる。
保健室へ踏み込めば、瀬戸先輩と、少し赤に染まった榎本が居た。思わず後退りして、夢でも見ているんじゃないかと疑った。咳を何度もして、時折血を吐いて、起き上がってるだけでも辛そうだった。
呆然。これが今の俺だった。言葉が喉につっかえて出てこない。いや、何て言ったらいいのかも分からないのかもしれない。


「ごほっ…ごっ……つる…ぎッ、ごほっ…」

「喋んな。落ち着け」

「…ごほっ…」


瀬戸先輩は榎本の前に洗面器を持ってきていて、優しく背中を擦っていた。
俺は、何も出来なかった。何も出来ずに、救急車が来て、あっという間に榎本は保健室から居なくなった。俺も、その場から居なくなった。


†ー†ー†


『あ゙…り、が……と…』


最後に聞いた言葉。未だにこの世から居なくなったなんて考えられない。まだ、この世界にいると思い込んでしまう自分がいる。

今日は榎本の葬式。慣れない雷門の制服。さすがにいつものじゃあ行けない。そう思って制服を借りた。あくまで借りただけで、これで登校するつもりはない。
そして右手に持っていた白い花束を持ち直して、一言。


「今でも、好きだ」


誰も聞いていない空に吸い込まれた。白い花束は独特の匂いを放つ。さて、これは“花菜”にはどう感じ取れるか。


「俺が死んでも、好きだから。花菜、忘れんなよ」





(恥ずかしいからもう言わせんな)





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