幻さえもみえなくなった


写真の中で笑う先輩。でももう写真でしか見ることが出来ない。


「…せんぱい…」


葬儀が終わった後、独りで公園に来た。地面が丸く湿る。俺の制服にも、髪も湿る。雨がポツポツと降ってきた。だけど園に帰る気は全くない。というより、寧ろ濡れたいぐらいだ。
先輩の事を雨が流してくれたら。
先輩が好きなことを忘れられたら。


「…ふっ……ぅっ…」


泣いてももう先輩は戻ってこない。泣いて戻ってくるなら、いくらだって泣いてやる。


「なーにやってんだよ。狩屋」

「ッ―――――」


せん、ぱい…?
いや、でも先輩はこないだ事故で亡くなって、今日葬儀が終わったのに…。
確かに、先輩の骨、箸で掴んだ。


「ほら、濡れるぞ」

「きり、の、せん、ぱい…」

「どうした?」

「今日…先輩の…葬儀、だったんですよ………?」


霧野先輩は俺に傘を差し出して、俯いた。先輩の足は、ある。幽霊じゃないのか?じゃああの時焼かれた先輩は?偽者?葬儀は?花を置いた時に見た先輩は?違う人なのか?いや、でも、目の前に居る先輩は、どう見ても霧野先輩だし…。
あの時亡くなったのは、先輩に似た親戚の人だったと思えばいい。そう思い込めばいいんだ!


「霧野先輩。俺濡れても平気ですから。先輩、風邪ひいちゃいますよ?」

「ひかないさ」

「先輩バ…単純ですもんね」

「おい」

「あ〜すみませーん。俺素直なんで」

「……狩屋」

「何ですか?」

「サッカー、やらないか」


何でだ?今は雨が降っているし、明日になればサッカー部のみんなで出来るのに。それに今でも連絡すれば、みんなサッカー棟に集まってくるだろう。先輩の、ためなら。でも先輩の目はどこか寂しげで、少し涙目だった。
先輩、泣かないで。


「狩屋と二人で、やりたいんだ」

「先輩…?」


先輩のトレードマークのツインテールは、水を含んで、ぶらんと垂れ下がっている。優しい目は口と一緒に笑ってる。俺、先輩が好きだから、細かいところまで見えるんですよ。自然と霧野先輩を見てたら、よく判るようになっちゃって。また会えるなら今日伝えなくてもいいかな。いやでもずっと待ったんだし。サッカーやり終わったら、告白、してしまおうか。


「サッカーボール、無いですね」

「ある。ここに」


どこから取り出したのか解らないサッカーボール。さっきまでは持ってなかった。きっと誰かが忘れていったんだろうと思い込むようにしよう。なんでも思い込めばその通りだって思える。
ばしゃばしゃ。傘を放り出して二人で駆け合う。制服だってことを二人して忘れて、ボールを取り合う。泥がついても、雨に濡れても、先輩とやるのはやっぱり楽しい。これからも一緒に、ゴール守りましょうよ。ねぇ、先輩。


「はぁっ……はぁっ…。はっ…流石、だな…狩、屋…」

「とー、ぜん、です、よ…はぁっ…」

「これから、も、雷門、守ってけよ…」


守っていこう、じゃなくて?守ってけよ?何言ってるんですか、先輩。これからも先輩と守るんですよ。天城先輩や車田先輩と俺だけじゃ、駄目ですよ。


「狩屋…ごめん…」

「何で謝るんですか」

「…なんとなく」

「なんとなくって、先輩。理由ぐらい言ってくださいよ」

「…ごめん…」

「………何で泣くんですか」


ぼろぼろと先輩の大きな目から、涙が零れ落ちる。だから、泣かないで、先輩。
思わず抱き締めてしまった俺だけど、やっぱり肉体、ある。だけど先輩は冷たい。人間の温かみはどこへ行ったんだろうと思うほどに、冷たい。


「好きです、先輩」


そしてついに口にしてしまった告白。先輩は驚いた後すぐに、「マセガキ」と言って笑った。そしたらでこに軽いキスを落とされて、「俺もだよ」って言ってくれた。体は離されてしまったけど、先輩の体とは反対に温かかった唇。恥ずかしかった。


「じゃあ、な」


そう言って先輩は、土砂降りの中に消えてしまった。


†ー†ー†


「…で、昨日霧野先輩とサッカーしたんですよ」


昨日の話を神童先輩や天馬君達にした。話終わった後の彼等を見れば、心底驚いた顔をしていた。俺、何か変なこと言った?


「か…狩屋…?昨日、霧野の葬儀だったじゃないか…。夢の話か?」

「葬儀の人は偽者ですよ。だって俺、霧野先輩に触れましたもん」

「え…。狩屋…大丈夫?霧野先輩が亡くなったことがショック過ぎて、幻でも見てたんじゃない…?」


みんなして、否定する。でも俺、先輩に触れた。先輩とサッカーした。告白、した。俺はいてもたってもいられなくて、学校を飛び出した。勿論、行き先は昨日の公園。
昨日と違って澄み渡った晴れた空。昨日の痕跡は、一切無い。また先輩が来るってことを信じて、何時間も待ち続けた。
―――でも、霧野先輩は来なかった。色んな人に霧野先輩の生存確認をしても、皆“亡くなった”と言う。考えることさえ億劫になって、俺は寝た。夢では、霧野先輩とまたサッカーしてて。先輩は最後に“ごめん”って泣きながら言ってた。
次の日も次の日も、毎日公園に行った。だけどあの日の夢以来、夢でも先輩に会うことは無かった。けど、気持ちはどんどん増して、見えたくなった今でも、空に向けて「好きです」と呟く。我ながら恥ずかしいけど、見えない先輩が聞いてくれるなら、別にいい。


「死んでしまったなら、俺は、」





(情けなく笑って)
(ナイフを手にして泣いた)
(これで、会えますか?)
(先輩)
(「―――さよなら」)



さよならは君だけに様に提出



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