砂糖菓子よりも
甘い。■今からえろいことしますよってところなので、Rタグ付けてませんがご注意ください。
「悠」
自分の唇から零れたそれに甘ったるい声だ、なんて他人事のように思う。堪えきれずに吐き出した吐息は熱を含んで掠れていた。
見上げる悠のさらに向こう、抑えられた照明が二人を闇から浮かび上がらせる。その僅かな光源と窓から射し込む月明かりでも、間近にいる悠の輪郭ははっきりと掴むことができた。
「陽介」
悠の鋭い眼光が緩んで、アーモンド型の目がとろりと細くなる。宝物でも見るかのように優しい眼差し。それが自分に向いている。
うわぁぁと心の中で叫んだ。反射的に口を閉じた自分を褒めたい。菜々子ちゃんがお泊まり会で、今家には自分たち以外に誰もいないとは言っても、こんな夜も更けた時間に大声なんて出せない。
そんな甘い、大切で仕方ないって顔はもっとこう、菜々子ちゃんとかに向けるべきものだろ。ああ、もう、ばっかじゃねぇの。
きっと真っ赤になっている頬だとか、気持ちとかいろんなものが溢れて潤んでいるだろう目とか、そういうのも全部気付かれている。
どくりどくりと脈打つ心臓の音が彼にも聞こえてるんじゃないかと思うほどうるさい。
色素の薄い銀灰色の瞳に月の光が反射して煌めく。人を惹き付ける美しい硝子玉は潤んで情欲の影が揺らめいていた。
なんだ、一緒だ。
涼しげな顔に隠されていた熱に思わず笑みが零れる。
「陽介」
ゆっくりとその整った顔が近付いてきて、そっと目を閉じた。静かに唇が重なる。彼のそれは少し乾いていて柔らかい。
その感触が離れて、再びふわりと触れる。繰り返し、時々瞼や頬にも落ちてくる唇が妙にくすぐったくて気恥ずかしい。
そんな気障ったらしい仕草も似合ってしまうのだから、イケメンというのは本当に狡い。
彼の触れた場所から小さな火が灯り、じわじわと陽介の体温を上げていく。
ふわっと彼の匂いが鼻先を掠めた。優しくてほんのり甘い香り。
そういや、シャンプーとかは全部共用だって言ってたな。
ふとそんなことを話した記憶が甦った。いつだっただろう。こんな関係になるなんて夢にも思っていなかったころ。けれど、覚えているということはおそらくそのころには既に自分にとって彼は特別だったに違いない。
菜々子ちゃんとか堂島さんと同じものを使ってるってことだよな。
じわりと胸が温かくなった。足りないものを抱えて、けれど補い合って支え合う彼らはきっと一番幸せの形に近い。世界中の綺麗なものを集めた、そう、奇跡のような。その中に彼が認められていること。それは陽介にも幸せをもたらすのだ。
目の前の彼がどうしようもなく愛しい。
ふわりと微笑んだ陽介に、彼は不思議そうに小首を傾げた。
「陽介?」
ああ、くそっ、かわいい。
胸がきゅうっと甘く絞られる。
「陽介、何考えてるの?」
美しく強い眼差しが陽介を捕らえる。けれど、その中に小さな子が必死に手を伸ばすような、揺れる色を見つけて。
もう胸が苦しい。死にそう。
キュン死になんて本当にあるのかなんて思う。それもこれも全部彼のことが好き過ぎるせい。
「んー、」
「ようすけ」
空いていた手が重ね合わされ、ぎゅっと握りしめられた。触れている手の平から温もりが直に伝わってくる。力いっぱい握られた手は痛いほどなのに、それがまるですがられているように思えて、また心臓を掴まれた。
「ひみつ」
お前のこと考えてたなんて。それを口にすることは羞恥が邪魔をした。
それに、と思う。少しぐらいお前も俺のことで頭がいっぱいになればいい。
悠の目元が少し歪む。泣き出す前の子どもによく似た表情に罪悪感がちくりと痛んだが、それ以上の優越感が甘く脳を痺れさせた。
「手離せよ」
抱きしめたいのに、このままじゃ抱きしめられない。
「やだ」
駄々っ子のように力を強めた悠に愛しさだけが募る。手の骨が悲鳴を上げているのは無視して、腹筋に力を込め目の前の額にキスした。
お前が思ってるよりもずっとずっと俺はお前のことが好きだって早く気付けよ。
不自然な姿勢にすぐに再び背中から布団に沈む。
ぽかんとした悠に思わず笑ってしまった。緩んだ指先を同じように握り返す。
そんな陽介に拗ねたように頬を膨らませる悠の仕草は幼い。そのくせ、彼の長い指は器用にシャツのボタンを外していき、明確な意図を持って肌の上を滑る。その落差にくらくらする。
「ようすけ」
少し舌っ足らずに紡がれた名前は喉を滑り落ちて甘く溶ける。
口付けの角度が深くなる。僅かに唇を開くと、熱の塊が歯列を割って口内に侵入した。それが火傷するんじゃないかと思うほど熱くて驚く。丁寧に上顎をなぞられて陽介はくぅと鳴いた。
それに彼が微笑んだのが空気でわかって頬に血が上る。
自分のをそっと差し出すと、絡め取られた。二人とも技術も何もなくてただ触れ合わせているだけなのに、尾てい骨の辺りにじわりと熱が溜まる。
気持ちいい。
「ゆう」
好きだ。
声にはしなかったけれど、悠は目尻を甘く蕩けさせた。
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