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見てはいけないものを見てしまった。

それは病院で、季節の変わり目のせいで風邪をひいてしまった私は、無駄に心配性な母に無理やり病院へと連行されていた。受付をする母をぼんやりと眺めながら、私は椅子に腰かける。消毒された清潔そうな匂いが私の鼻をくすぐって、くしゃみが出そう。
病院に行かないからわからないが、かなり人が集まる病院らしく、スリッパをパタパタさせながら歩く音や、子どもの泣き声があちこちから聞こえてくる。
戻ってきた母が、待ち時間が結構あるというので、私は絵本でも読もうと、太陽の光りが入り込む大窓の傍に置かれた本棚に向かいかけて、立ち止まった。

見てはいけないものを見てしまった。そう思った。
それと同時にここから早く立ち去らねばとも思った。

窓の外はちょっとした庭園になっていて、季節の花々が咲き乱れているのだが、そこに少年がいた。同じ年の……なんてだけじゃない、同じ学校で、同じクラスの、あれは。


『幸村くん……?』


そうだ、あれはまぎれもなく幸村くんだ。幸村くんがなんでこんなところに。
そう思って見ていると、彼は花を一輪手折って、そばにいた女性に渡していたのだ。
わ、わあ。大人っぽいって思ってはいたけれど。幸村くんってあんなお姉さんな彼女さんがいたんだ。ああ、見てはいけないものを見てしまった。
早くここからはなれなきゃいけない。それなのに。彼女の後ろからもう一人、これまた10も違いそうな女性がにこやかな顔を出して、幸村くんからもう一輪花を受け取っていた。
わ、わあ。そんな幸村くん。大胆に二股だなんて。いや、これはハーレムと言うの?いや、もう、これ以上考えたらだめだ。
見てはいけないものを見てしまったのだ。早くここからはなれなきゃはなれなきゃ。ようやく一歩足を後ろに引けたのに、ぱちり。私はとうとう幸村くんと目があってしまったのだ。


「梓月さん!」


これまた爽やかな笑顔を携えながら、私がいる窓へと近づいてくる幸村くん。
や、やめてよ。あのお姉さんたちも見てるよ。私もハーレムの一員になっちゃう!
麦わら帽子を軽くずりあげて、幸村くんはもう一度私を呼んだ。
逃げられない。


「どうしたの、梓月さん。病気?」
『あー、うん、ちょっと風邪』
「確かに鼻声」


ふふふ、とおかしそうに、でも上品に笑う幸村くん。その背後を見たけれど、もうあのお姉さんたちはいないみたいだ。よかった。


『幸村くんは?』
「俺?俺は花の手入れをしに」
『花?』
「そう。そこの花壇の世話を頼まれているんだ」
『そうだったんだ』


綺麗に咲いている花々はなんと幸村くんがお世話していたみたいだ。学校でも幸村くんの庭園があるくらい、彼はとても花が大好きなのだ。


「少し前まで俺ここでお世話になっててさ。辛くて辛くてしょうがなかった時に、先生が俺に言ったんだ。花壇の世話をしてみないかって。それで世話をし始めたんだけど、やっぱり楽しくってさ。俺と一緒に頑張っている植物を見ていたら勇気が自然と湧いてくるんだ」
『……花もきっと、幸村くんに元気をもらってたんだよ』


少し日当たりの悪い場所にあるのに、こんなに綺麗に咲いてるんだもの。
驚いたように、目を大きくさせた幸村くんは、そのあと嬉しそうに笑って、そうだといいなぁ、と呟いた。


『あ、そういえば。幸村くんって年上が好みなんだね』
「え?」
『だってさっき年上の女の人二人にお花あげてたでしょう?』
「あ、あー……」
『彼女さん?』
「梓月さんっておもしろいなぁ」
『え、なんで』
「あの二人は、看護師さんなんだ」
『幸村くんはナース服に目が無いんだ……』
「なんでそうなるの。二人に頼まれたんだ。入院している子供達にあげたいって。俺が育てた花だからきっと喜ぶだろうからってさ」


なぁんだ。ハーレムじゃなかったんだ。見てはいけないものを見てしまったのかと思ってた。
梓月さーん、梓月てんさーん、診察室へどうぞー。
看護師さんが私を呼んだ。
行かなきゃ。そう思って体を翻したその時、幸村くんに腕を掴まれた。


「梓月さんも早く元気になってね」


手に握らされた小さな花を握りつぶさないように、私は診察室のドアを開けた。
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