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『これでよしっと』


全国大会準決勝、あの日、私たちの夏は終わった。
結果は1-3で、あともう一歩の所で終わりを迎えたのである。全国大会自体も、私たちに勝った青学の優勝で締めくくられ、東京観光を楽しんだ後、こうして四天宝寺へと戻ってきたのである。
ゆっくりと部室を見回すと、なんだか少しすっきりした気がする。それもこれも、3年生が引退し、2年生が主体となって動き出したからだ。


「……てんさん、まだいたんすか」


あれ、もうそんな時間だったっけ。
私は今しがた終わった引き継ぎの仕事の片付けをしながら、入り口に立っている時期部長、いやもう現部長か。その財前くんに目を向けた。頬から首元へと落ちる汗が、部活が既に終わったこの時間まで練習していたことを物語っている。


『次のマネージャーの子のために、ちょっとね』


マネージャーをしてて気づいた選手たちのことやテニスのクセ、仕事の日課、トレーニングメニューなどを書いたノートを持ち上げて見せた。3年の選手たちよりかは遅い引退にはなったけれど、私も今日でマネージャーを引退だ。その前に、次のマネージャーの子たち、そして次を担う選手たちが気持ちよく部活に励めるために、ちょっとしたお手伝いをしていただけ。これが終わればもう、私も部室に来ることはないんだろうな。
開けっ放しのドアからは、秋の涼しい風が入り込んできていた。
興味なさげに、ふうんと頷いた財前くんは、私の目の前でぴたりと止まった。


『あ、ごめん着替えるよね。私もう出るよ』


そう言って立ち上がると同時に、押さえつけられた両肩。ふたたびおしりが椅子とひっつくと、財前くんは、てんさんはずっとそこにおればええんや、なんて言う。いやいや流石に。男の子の着替えをじっと見つめる趣味だって無いし、家に帰らなきゃだし、それに、私だってもう受験生だし。


『ざ、財前くん』
「てんさんなんか、卒業せんでもええやろ」
『いやそれも流石に』
「ずっとマネージャーやっとればええんや」
『そろそろ受験のこと考えなきゃだし……そりゃ部活辞めるの寂しいけど』
「じゃあ、辞めんでええやんか」
『そういうわけにも』
「てんさんなんか留年すればええんや」


何だ、何が言いたいんだ。先ほどからずっと財前くんの後頭部を見ながら、よくわからない応酬に、頭がぐるぐるする。
いや、だから、ほら、私は引退で、財前くんはまだ2年生で、部長で、まだ夏が終わってなくて、それで……すとん、と、言葉が落ちてきた。
そうだ、夏はまだ終わっていない。
3年生にとっての夏はもう、終わったかもしれない。でもその終わりを一番間近で見ていた、財前くんは、未だに夏を引きずっているんだ。だから、今になっても尚、財前くんはこの涼しい秋空の下で、太陽に燻され、汗を流しているんだ。


「……てんさんだけは、俺を置いてかんで」


私はただ黙って、財前くんを引き寄せた。
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