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あ。
声は漏れはしなかったけれど、息だけが口の先からこぼれ出た。
たまたま洗おうとして手に取ったカップに、べっとりと口紅がついていた。どろり。なんだか気持ち悪くなる。


ランチメニューにつくスープは、安っぽい味がする。よく飲めるな、なんて感心するほどに、無駄にオニオンの味が強い。それとも別に味なんて気にしちゃいないのだろうか。お腹が満たされればいい。口さみしくなければいい。それだけの理由で人は食べるのかもしれない。
俺には無理そうだけど。どんな時でもおいしいもの食べたいし。


カップの口紅は、スポンジでこするとあっさりととれた。でも、少しだけ泡にまざって、血みたいに見える。一瞬だけ手を止めて、人差し指のはらを見つめたけれど、赤い泡がついているだけで傷の一つもなかった。
よかった。でも、やっぱり、気持ち悪い。


「こちらおさげしてもよろしいですか?」


ボックス席で資料を整理している女性に、俺は話しかけた。彼女は資料からちらりと俺に目線をうつすと、目を大きく開いた。


『あ、ああ、はい……どうぞ』
「失礼します」


ライスの皿とハンバーグステーキの鉄板をお盆にのせて、俺は、飲み干されたカップに手を伸ばす。
あ。
声は漏れはしなかったけれど、息だけが口の先からこぼれ出た。
どろりとした気持ち悪さが、また、這い上がってくる。
彼女は、頬を染めて、赤い唇をきゅっと結んで、カップの口紅をさりげなくぬぐった。
見ていないと思ったのだろうか。気付いていないとでも思ったのだろうか。
しっかりと見えたその行動に、あの時のどろりとついた血のような口紅を思い出して、俺は自分の人差し指のはらをちらりと見た。
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