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桜は散ってしまったのだ。
中学を卒業し、試験を終え、高校に入学したころにはもう、桜の花は散ってしまった後だった。緑色の葉が生い茂る、少し前まで薄紅色でいっぱいだったこの木を、私はぼんやりと眺めていた。
そう、散ったのだ。
何もかも。恋愛も友情も受験も。
私は何一つとして成功できなかった。
そんな中学時代にさようならを告げに、私はまたここに来たのだ。

あれは2年くらい前だろうか。私には好きな人がいた。
テニス部の部長をしていて、みんなから信頼されて、とってもかっこいい人。そんなテンプレートな人を、私は好きになってしまったのだ。でも、とてもとても遠い人だった。彼のまわりにはいっさい近づくことができなかった。遠いところから、まるで監視しているように、ただただ見つめていた。自分の手を、ぎゅっと握りしめながら。
それでも勇気を出して、先輩に、この木の下で、告白したのだ。
卒業の日、先輩がここに来るのを待って、私は「好きです」とそれだけを言って、先輩の顔を一回だけ見て、その場を走り去った。答えなんか聞かなくてもわかっていたから。どうせ、ノーなんだって、先輩の戸惑う顔を見れば、一目瞭然だった。だから逃げて逃げて、彼をとりまいていた人たちによる噂からも、おもしろがって声をかけてくる友人からも、先輩の行った学校に行けるはずもない学力からも私は逃げ回って、ここに来た。
そろそろ許してください、って、私はこの木に言いに来たのだ。もう逃げるだけの生活はいやだから。ずっと追いかけてくる彼への想いを、今、ここで断ち切るために。彼への想いから派生した鬼に、許しを乞いに。

それなのに。

どうして、あなたがここにいるの?白石先輩。
ざあ、と葉がざわめいて、彼の髪をなびかせて、まぶしい太陽が、彼をきらきらと輝かせている。神々しい彼の存在に、暫く立ちつくしていると、振り返った彼と目がばちり、とあった。


『白石先輩』


彼と目が合うのは二度目。あの時も今も同じ場所で、彼と目があった。
驚いた気持ちと、戸惑う気持ちが織り交ざった表情で、一歩一歩、私に歩を進める。


「あん時の、子、やんなぁ?」
『どうして、ここに』
「なんとなく、やけど、君は?」
『梓月てんです』
「梓月さんは、なんでここにおるん」
『私は』


お別れをしに、ここに来たんです。
それなのに、どうして、先輩がここにいるんですか。
やっと、やっと、さようならできると思ったのに、私を許すつもりなんてないのだろうか。
また、逃げなきゃいけないのか。
どうして、どうして。どうして、私は許されない?


「……この前まで桜満開やったのになぁ。雨降ってしもてこの有様やわ」
『……』
「いやでもほんま、懐かしいなぁ。あの時俺が中3で、確か自分中1やったよな。
よう覚えとるわ。俺あんまりびっくりしてしもて」
『さい』
「え?」
『やめてください!』


ぎゅうぎゅうとしめつけられる胸を、抑えながら、必死に絞り出した声は震えていた。もう、いやなんだ。私はもう、忘れたいんだ。だから。


『あの時の話はやめてください』
「あ、ごめ」
『もう、覚えていなくていいです』
「……」
『もう、お願いだから、忘れて』
「……」
『忘れてください』


ぼろぼろとこぼれる涙が、頬をつたって、地面にいくつもの水玉模様をつくった。忘れて、忘れて、とまるでうわごとのように、口からもれてくる。お願い。お願いだから、もう許して。


「あんな」


息がひゅうと鳴って、先輩はかすれた声で、それは無理や、と言った。
やっぱり許してもらえなかった。私は、高校でも、また逃げ続けなければならない。
嗚呼。
すとんと、力が抜けて、私はその場に座り込んだ。
地面から顔をあげて見えるのは、あの時と違う緑色の葉と、そして、先輩の真剣な顔。さらに距離を縮めた先輩は、しゃがみこんで、私の頬を包み込んだ。
三度目、先輩と目があった。


「それは無理なんや。俺、梓月さんのこと好きやから、無理」
『え』


「あの時、一目ぼれしました」


先輩の口から紡がれた言葉に、足を絡め取られたような気がして、私はほんの少しだけ身震いをした。
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