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隣の席の一氏くんと、私は話したことがない。

まず、話しかけてくんなオーラがとてもすごいということ、そして、なんだかいつも怒っているような気がして、私も声がかけづらいし、向こうからも全くかけてこないのだ。だから、彼と半年も隣同士だったにも関わらず、目をあわせたことも、話もしたことがないのである。


これは、そんな私たちに起きた、些細なようで大変な事件の話である。


今日も隣の席は静かだった。
ぴりぴりとしている空気からすると、また金色くんに適当にあしらわれてしまったのか。そういうことはわかるのに、彼の声もあまり知らない。
まぁ、別にいいんだけれどね。
朝のSHRも終わり、1限目も2限目もなんなく終わった。
しかし、だ。
休み時間の間に次の授業の準備をしようと、机の中を探った時だった。


『あれ……』


無いのだ。
次の授業の教科書とノートが。
そんな、おかしいな……確かに入れておいたはずなのに。鞄の中にも無い。嘘だそんな。


「てん、次の教室行くよ?」
『ご、ごめん、さき行ってて!』


忘れた?いや、それはない。だって私は昨日机の中において帰って……。
そこで思い出したのは、置き勉チェックが昨日行われたことだった。うわあ。最悪。ってことは没収されてしまったのか。休み時間もあと少し、借りに行く時間も無い。1時間教科書なしで過ごすのか。うわあうわあ。
……仕方がないよね。隣の一氏くんに頼ってもいいかもしれないけど、怖いし。先生にばれないように、1時間過ごすだけだ。指摘されたら笑いで誤魔化せばいいよね。うん。
筆箱と適当なノートを取り出して、とぼとぼと廊下を歩いて、私は理科室へと向かった。


あれから30分。先生にばれたりなんてことも無く、なんとか過ごせていた。ラッキー!この先生怒ると怖いし、本当に奇跡だ。
あと20分。あと20分だ。時計をちらちらと気にしながら、私はチャイムを待っていた。
その時だった。


「はい、次梓月ー教科書31ページの二段落目から読みなさい」
『……!』


うっそでしょう!あと20分なのに!


「梓月ー?おらんのかー」
『は、はい!います!』
「はよ読めー」
『あの』
「なんや、もしかして教科書忘れたんか」
『えっと、あの』


万事休す。
先生が私に一歩、また一歩と近づいてくる。ば、ばれてしまう!いやだ!


「あー、先生、俺、教科書忘れて梓月の借りとったんですわ」
『えっ』
「なんや、一氏のせいか、ならしゃーないな」
「俺ならしゃーないってなんやねん!」


どっとでる笑い。
先生も笑って、その教科書はよ返しや、なんて言いながら教卓の前に戻っていく。
え、なんで、私が忘れたのに。
一氏くんを見ると、ぶっきらぼうに教科書を渡された。私は戸惑いながら、あてられた場所を読み、無事、授業を終えた。
でも、チャイムがなっても、なんで、どうしてという気持ちは消えない。一氏と名前の書かれた教科書を持ちながら、さっさと教室へ戻っていく一氏くんの背中を追った。


『一氏くん』
「……」
『一氏くん、待って!』
「……」
『ちょ!なんで今歩くスピードはやめたの!』


ぴたり、と止まった一氏くんに、私は思わず突っ込みそうになった。危ない、タックルして怪我させてしまうところだった。


「なんやねん」
『いや、あの、さっきの』
「……」
『ごめん、ありがとう。教科書返すね』
「……別に」
『本当に、ありがとう』
「……おん」


頬をかきながら、また、ぶっきらぼうに受け取る一氏くんは、ちょっとだけ私と目があった。
話したのも、目があったのも、これが初めてだ。


『でも、どうして、助けてくれたの?』
「あのままやったら授業進まんし……」
『そっか』
「それに」
『それに?』
「好きな女目の前にして守れんと男ちゃうやろ」


ぶわあっと顔を真っ赤にして、それでも私の目を見たまま言う一氏くんに、私は意味が分からなくて一瞬ぽかんと呆けてしまったけど、彼の言葉をだんだんと理解できて、血が頭にのぼってきた。
えっ、うそだなんで。私一氏くんと喋ったの、これが初めてなのに。一氏くんが私を好きになる要素が全くわからない。


「梓月は覚えとらんかも知らんけど、俺、お前に助けられたことあんねん」
『え』
「小学校ん時、こけてすりむいた俺に、絆創膏はってくれた」
『絆創膏……あ、あの時の!』


そうだ。小学校卒業間際、通学路の途中で、見知らぬ男の子がこけてしまったのを、たまたま見かけた気がする。ちょうど絆創膏を持っていたから、それをはってあげた。
もしかして。
もしかして、それが一氏くんだったの?


「俺はすぐ気づいたけど、なんや言い出すのも恥ずかしくなってな、言えへんかってん」
『……』
「ずっと気まずかって、声もかけられんかった」
『そ、そっか……なんだ、そうだったんだ』


なんかおかしくなってきちゃって、私は笑いがとまらなくなった。ちょっとだけ眉を吊り上げた一氏くんだけど、一氏くんもこらえきれなくなったらしくて、私たちは二人で笑った。


『てっきり嫌われてるのかと』
「そないなことない!」
『!』


さっきまで笑っていたのに、今度はまた真っ赤な顔のまま、流れる沈黙。
とりあえず、まずは、お友達から、始めましょうか。一氏くん?
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