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『謙也さん』
名前を呼んで振り返ってにこっと笑う。
謙也さんはいつだって私にそうしてくれた。でも、今日の謙也さんは少し違うように見えた。笑顔がなんだかさみしそうな気がする。
「おお、梓月やないか。どないしたん、こんなところで」
別にどうもしない。
母親に頼まれた買い物の帰りだ。帰りだけれど、近くの誰もいない公園のブランコを見つけて、なんとなくきいきい鳴らしながら座っていただけだ。つまり道草。
『謙也さんこそ』
こんなところでどうしたんですか。こんな、誰も来たがらない寂しくて暗い公園に。
「あー……ここなぁ……」
そう言いながら謙也さんは空を見上げた。
ああ、そういえばここ、何故かまわりに大きい建物が立ってなくて、障害物無く空が見える場所だ。
「綺麗に見えるやろ?」
この時間帯は特に。
茜色に染まりつつある空が、私と謙也さんの眼前に広がっている。暫くの間、私と謙也さんは、ただ黙って空を見上げた。
初めて謙也さんのことを知った時のこと、委員会で隣の席になったこと、財前くんに紹介してもらった時のこと、部活の様子を見させてもらった時のこと、体育祭で一緒にリーダーをしたこと。空を見ていると、いろんなことを思い出した。
『いつもここに?』
「せやなぁ……卒業してからようここ来るようになったなぁ」
卒業、か。
確か、謙也さんは進学だっけ。財前くんがそんなことを言っていた気がする。
『謙也さんは大学はどこに?』
「……東京」
『……ちょっと遠いですね』
「せやな」
ああ、ほらね。
謙也さんは笑顔のままなのに、その笑顔の中にはやっぱりさみしさが含まれている。ずっと育ってきた場所だもの。そりゃあ、離れるのはさみしいはずだよね。謙也さんの微妙な表情の変化の理由がわかって、なんだか私もさみしくなった。
「でも、自分のやりたいことやるんやしな。我儘言ってる場合ちゃうよな」
『……』
「俺も他のやつみたいに頑張らんといかんっちゅー話や」
『……謙也さん』
「梓月も受験、頑張りや」
『……はい』
「財前もよろしゅうな」
『……は、い』
なんか知らないけれど、私の目からは涙がぼろぼろと出て来た。
そんな私を見た謙也さんは、少しびっくりしてたけど、梓月が泣いたら俺が泣けんやろ、なんて笑って、私の頭をがしがしと撫でた。