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やり残したこと。

夏休みの課題。放課後の買い食い。友達とのプリクラ。告白、恋愛、デート。云々かんぬん。
私にはやり残したことがいっぱいある。そうやって、彼の背中を見るたびに、私はどうしても思い出してしまうのだ。


「はぁ〜暇やなぁ」


謙也くんはそういって、伸びをした。私の顔の前までぐんと伸びた手と、彼の顔を交互に見れば、すまんすまんと言って、体ごと私の方を向いた。


「梓月は勉強?」
『うん』
「……お前それ1年の内容やん」
『だから焦ってるの』
「焦ってるようには見えへんけど」
『本当に、焦ってるよ』


やり残したことがいっぱいあるのに、ただぼうっと過ごしてきてしまったせいで、私は焦っているのだ。とてもとても。でも何度考えても焦り方がわからない。だから、いつもと同じように、私は焦っているのだ。


『謙也くんは部活引退したんだっけ』
「おん」
『そっか』
「おん」
『謙也くんは』
「ん?」
『……なんでもない』


謙也くんはやり残したこと、あるの?

そう聞きたかった。でも、それは聞いちゃいけない質問だ。
私は知っているのだから。彼がやり残したことだらけの人間だってことを。あの夏、東京での全国大会で、彼がやり残してしまったことを、私は知ってしまったのだ。


あの日はとても暑くて、とけてしまいそうなほどの暑さだったことを憶えている。現に私の手に握られていたアイスクリームは地面にぽとりと落ちた。
東京の親戚の家に来ていた私は、そこの空気にあまりなじめず、なんとなく、外に出たら、近くでテニスの大会が行われていることを知った。自分の中学校のテニス部が全国大会に出ているということは知っていたから、もしかしたら、クラスメイトの謙也くんや白石くんに会えるかもしれない、とかそういう軽いノリで行ったのだ。
階段を抜けて、階下に広がったのはテニスコートで、今まさに試合をしている真っ最中。隣に座る人によれば、準決勝だとか。
準決勝。
たくさんの歓声の中に、懐かしい、学校の伝統的な声援が聞こえてきて、席を立って、私は導かれるようにして、その場に向かう。
四天宝寺中。
案の定、黄色と緑のジャージだ。そして、謙也くんの背中が見えた。


「お膳立てしといたで」


謙也くんが、私服姿の千歳くんにそう言った。驚きと怒りといろいろな感情が複雑に混ざった表情で、財前くんが謙也くんを見つめた。千歳くんは何も言わず、私の横を通り過ぎて行った。
その後も、謙也くんは、ただただじっと、テニスコートを見つめていた。彼が出るはずだった試合で、自分以外の人間が試合をしている様子を。謙也くんの背中は、大きかった。


私は、謙也くんの背中を見るたびに、思い出してしまう。
自分がやり残したことを、謙也くんがやり残したことを。


『ねぇ、謙也くん』
「どないしたん?」
『謙也くんはさ、この3年間楽しかった?』


私の質問にきょとんとしたあと、彼は、一瞬目を閉じる。
そのまま、ふっと笑んで、もちろんや、なんて謙也くんは言った。彼の笑顔は心からのもので、無理もしてないように見えた。
本当に、そうなのかな。


「なんやいっぱいつらいこともあったし、やらないかんかったこともぎょうさんある。でも、それでも俺は、それでええと思ってる。俺が自分で決断したことやしな。後悔しとってもしょうがないやろ」
『……』
「今の梓月みたいに、前向いてる方がマシっちゅー話や」


そう言って、彼はまた前に向き直った。
私が、前を向いている?
私は、ただ、自分のやり残したことに焦っていただけなのに。後ろばっかり見ていたはずなのに、いつの間にか、私は前を向いていたというのだろうか。


謙也くんの背中を見ると、たくさんのやり残したことを思いだす。
でも、それは、私が前を向いている証拠だったのかもしれない。
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