▼ ▼ ▼

あ、謙也くん。
そう思わず口に出してしまいそうになって、私は急いでその口を手で押さえた。
開けっ放しの教室のドア向こうで、一人、机で寝ている謙也くんがいた。その手にはシャーペンと変な形の消しゴム、枕はたくさんの数式が書き殴られたノート。
疲れて寝ちゃったのかな。
起こしてしまわないように、そろりそろりと教室に入って、自分の席に座る。外はもう日が暮れて来ていて、私は帰る準備をし始めた。鞄に全部つめた、そう思って立ち上がった時に、ペンケースが机から落ちてしまった。
ああ、やっちゃった。
案の定その音で、謙也くんはむくりと身を起こした。


「……あれ、俺寝てた?」
『おはよう、謙也くん』
「おはようさん……って暗っ!俺どんだけ寝てん!?」
『もうすぐ下校時間だよ』
「うっわー……全然進まんかったわ」
『私……もう帰るね』
「あ、待って」


ドアの方に向かう私を呼びとめて、謙也くんは机の中の教科書を鞄に適当に詰め込んで立ち上がった。


「俺も一緒帰ってええ?」


一緒に、帰る?
私は驚きで声が出なくて、ただ、こくんと頷けば、謙也くんはにっこり笑った。
なんとなく無言のまま、靴箱まで歩いて、校門を出る。私こっちなんだけど、そう言えば、知ってる、なんて言って私の隣を歩く。
謙也くんもこっちの方向だったっけ。


「梓月は、勉強どない?」
『まぁまぁ、かな』
「もうすぐ試験やろ」
『うん』
「俺ももうすぐ」
『そっか』


そして流れる沈黙に、私は白いため息を吐いた。この時期はどうしてこんなにも冷えるのだろう。制服の中まで冷たい風が入り込んできて、体が震えてくる。


「県外、やっけ」
『うん、ていうか地元に戻る感じ』
「そっか、九州やっけ」
『うん』
「ちょっと遠いな」
『そうだね』


彼の口からも白いため息が吐かれた。そしてそれをまた、吸い込んで、でも、と唇が紡ぐ。


「また、どっかで会えるとええな」
『……そうだね』
「……せや、同窓会しよかな」
『ふふっ』
「何笑ってんねん」
『ううん、なんでもない。同窓会絶対参加するよ』
「ほんまか?」
『うん、約束する』
「今度みんなに提案してみるわ」
『うん』


じゃあ、ここで。またね。なんて。
言いながら目の前には私の家があって、そこで初めて彼が私を家まで送ってくれていたことに気付いた。
彼の後姿を見つめながら、しばらくそこから動けないでいた。
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