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『柳くん』
「先輩」


たった一言同士の言葉でも、とても遠い昔の思い出を思い出すような懐かしさに、私はなんだか泣きたくなってしまった。


「この大学に、合格した」
『そう』


彼はまだ制服だった。
そして私は彼ら新入生を迎えるためにスーツ。
幼さののこる顔を見つめ、私は、口紅をぬぐいたくなった。


「何も、言ってはくれないんですか」
『入学おめでとう』
「そんな他人にも与えたような言葉はいらない」
『いいえ、特別よ』
「あなたはまた、その口で、嘘をつくのか」


俺に奪われたくせに。
唇だけで紡がれた言葉に、私は、体が動かなくなってしまった。ああ、そうだ、私は、あの時、彼に、奪われてしまったのに。でも、もう遅い、と思えるぐらいに、私と彼の間の長い長い時間は流れていってしまったのだ。
今更、彼にだけ言える言葉は、私の中には無い。


『私、まだ用事があるから、これで』
「逃げるのか」
『逃げるとかじゃない』
「何が違うんですか」
『違うわ、だってこれが私の答えだから』


彼の目は見れずに、動かない体を無理やり動かして、私は彼の前から消えた。彼が今どんな顔をしてるかだとか、まだそこにいるのかすら分からないけれど、角を曲がるまで、とてつもなく長い時間だった。
これでよかったのか、と、そう問われてしまえば、彼に未練があることは隠すことができないだろう。
それでも、私は、もう、少女には戻れない。
左手の薬指が、太陽の光に反射してきらりと光る。


彼と私の間には、長い長い時間が流れている。
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