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「お疲れさん」


その言葉と共に口の中に広がった甘さに、私はなんだか身が染みる思いだったのである。
なんておいしいんだろう、チョコとはなんと偉大なことか。チョコさまさま。ありがてえありがてえ。


「おい」
『なんですか』


私の口にチョコを放り込んだ張本人は、不服そうに、唇を尖らせてみせた。本当のことを言ったまででしょう、なんてさらに憎まれ口を叩けば、きっと、私の中に少しだけ残ったチョコは奪われていただろう。そんなことは許されない。だから私は素直にお礼を言ってあげた。まだ不服そうな顔をしていたけれど、まぁ、これで奪われることもなかろう。
もう口の中にはないけどね。


「今年の国語もキチガイやったって?」
『そ!う!な!ん!で!す!よ!』
「今年はなんやったっけ」
『オン・ユア・マーク・ゲットセッ!!!!』
「あははははは!」


光さんが真顔でそんなことをいうものだから、私は変な顔になったけれど、光さんのツイッタ―をこっそりのぞけば、相当ツボだったらしいことがわかった。うける。
センター試験会場を、光さんの車に乗って、私は家へと向かう。
光さんは今日もスーツだった。


『今日も説明会だったんですか』
「就活生やからな」
『わざわざ迎えに来てくれたんですね』
「……別に説明会近くでやっとったからやし」
『ツンデレ〜』
「死なす」


今日は、私の人生初のセンター試験だった。(初とは言うがこれっきりにしたい)今日一日の日程が終わって、さぁ親に連絡を入れよう、と思えば、目の前に光さんがいて、そして、そのまま、連れ去られるように光さんの車になだれ込んだのだった。
寒い試験会場と違って、光さんの車はすでにぽっかぽかで、私はなんだかほっとした。
運転席に座った光さんは、ポケットからホットココアとぜんざいを取り出して、私にホットココアの方を手渡した。そのあたたかさがなんだかもったいなくて、ずっと手の中で転がしていたら、光さんが私の口の中にチョコを放り込んだのだった。


『光さん、チョコ』
「は」
『もいっこちょうだい』
「ココアあるやろ」
『あるけど……チョコ食べたい』
「デブ」
『別腹ですしね』
「あれが最後の一個やで」
『ウソ』
「みてみ、からっぽやって」


放り投げられた箱を、振れど覗けど、音もせず何も入っていなかった。
なぁんだ、残念。
私はチョコの箱を小さくたたんで、それをまた、手の上で弄ぶ。信号が赤になって、光さんはぜんざいを飲み干した。空になった缶で手遊んで、ホルダーに軽く投げ込むと、光さんは急に私の制服の襟を掴んだ。
ああ、信号が青になってしまう。
と、頭の中だけは冷静に、目の前で起こったことに私は全くついていけなかった。私の口の中は、チョコでもなく、ココアでもなく、ぜんざいの甘ったるい味がしていた。


「チョコない代わりや」
『は』
「なんやねんその顔」
『……チョコじゃないし』
「黙っとれ」


明日はセンター試験どころじゃないかもしれない。
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