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『雪が』
雪が、そう呟いた女の子は、俺の全く知らない人だった。
いつの間にそこにいたのか、何故俺の隣に座っているのかも、全くわからなかったけれど、ただ単純に、Eなこの子って思った。
「……お前、誰だC」
Eなこの子とは思っていても、知らないやつは知らないやつだ。わざと眉を寄せて、そう言えば、その子は微笑んで、梓月てんとだけ言った。ふうん、梓月てん、ね。そんな名前の子いたっけ。まぁ、Eや。あとであとべに聞けばわかるでしょ。
『雪』
「ゆきー?」
『降ってるよ』
「降ってるC」
『寒くない?』
「寒いかも」
寒いと一度認識してしまうと、だんだん寒さがしみわたってくるものらしい。ぷるりと体が震えて、息を吐いてみると真っ白だった。いつの間にこんな天気になったんだろう。さっきまで暖かい日差しが、そこに、あったはずなのに。
『雪は、いいよね』
俺には寒くないのかと聞いたくせに、当の本人は、寒そうなそぶりも見せず、天を仰いでいる。
「なんでだC」
『雪は、私たちの目にその存在を焼き付けてから、消えることができるもの』
「ふうん?」
意味がわからないけれど、適当に相槌を打っておく。結局消えるのに、雪がいいと思えるなんて変わってる。
『君にはわからないだろうね』
そう言って、本当におかしそうに笑うその子に、少し気味が悪くなって、俺は目をそらして、空を見上げた。はらりはらり、とゆっくり落ちてきた雪は、地面にたどり着くと、そのまま消えてしまった。
『私、雪になりたかったの』
なんだかわからないけれど、はっとして、その子の方を向けば、もうその場には誰もいなかった。
なんだったんだ。その答えを教えてくれる人は誰もいないこともわかっていた。
雪になりたかった、そう言って消えた梓月てん。
あとべに聞いたら、そんな名前の女子はこの学校にいないと言われた。俺は、なんとなく、図書室に向かって、いつの間にか、卒業生の名前が記されている本を手に取っていた。
80巻、260ページ、右下、梓月てん。
彼女は……雪になるために、俺の目の前に現れたのかもしれない。