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ゆっくりでもなく、早すぎるわけでもなく、ちょうどいい速さで空になっていくグラスを目の前にして、私はなんだかため息を吐きたくなった。


『よくそんなに飲めますね』


横に置かれている、あいた自分のグラスと見比べて、比じゃないことぐらいすぐにわかってしまう。
私もこのくらい飲めたらよかったのに。
既に瞼がひっついてしまいそうになるくらいの眠気が私には襲ってきていた。


「てんが弱すぎるだけばい」
『人並みだと、思うんだけどなぁ』
「てんが思ってるより他の人はもっと飲めとるし」
『うーん』


たまたまそこにいただけだからかもしれないが、大晦日の今日、千里さんに声をかけられて、こうやって飲みに来たわけだが、お酒に弱い私は、ちみちみと飲みながら、必死に眠気に耐えることで精いっぱいだった。
彼は、何か、話したいことがあって、私を飲みに誘ったのだと考えると、彼の相談をちゃんと聞けない自分が恨めしい。
だからと言って、千里さんを前にした私は緊張のために、飲まずにはいられない。私にとって、じゃあ飲まなければいいじゃんなんてツッコミは、そう簡単に受け入れられるものじゃなかったのだ。


「なぁ、てん」
『はい?』
「んー」


頬をかきながら、目を泳がせていると思ったら、店員さんを呼んで、もう一杯、とお酒を頼む。
どうしたんだろう。


「ちょっと待っとって」
『……はい?』


その言葉の後の、お酒を飲むスピードはさっきの比ではなくて、きゅうっと一気に赤くなった千里さんの顔に、逆に私は眠気がさめるようだった。
え、千里さん、ホントに大丈夫なの?
私の心配をよそに、千里さんはその杯を次々と増やしていく。


『せ、千里さん』
「んー」
『千里さん、飲みすぎです!』
「なん?」
『飲みすぎですって』
「そんなことないばい」
『そんなことありますって!』
「ないない」


あるないの応酬に区切りもつかず、千里さんのお酒のスピードも止まらない。
どうしたらいいんだろう、と、おろおろしていれば、そんな私を見た千里さんがふにゃりと笑って、心臓が止まるかと思った。
なんちゅー顔してくれるのこの人。


「こぎゃんこつ、こんぐらい飲まな言えんけんね」


そう言いながら、机に置いていた手にそっと千里さんの手が重なる。お酒のせいでぽかぽかとあったかくて、大きい手は、私の手をすっぽりと覆ってしまう。そして、それをひっくり返して、手のひらが上に向けば、私の手の上には四角い箱が置かれていた。
えっ、と息をつく暇もなく、千里さんは、口早に、結婚しよう、と私に告げる。


『い、意味がわからない……』
「俺が聞きたかとはそぎゃんこつじゃなか」
『だって』
「いきなりだったから?」


素直に頷けば、千里さんは、グラスに残っていたお酒を飲みほした。そして、唇を尖らせて、てんはにぶちんやけんね、と言う。何が、とも言わせないまま、千里さんに唇を奪われて、そして、その口で、俺はいつだってこんなにも好いとるのに、なんて言うから、私の口にはもう、はい、という言葉しか用意することができなかった。
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