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「今日あんたが探してた新作の小説が入るらしいよ」


同じクラスの図書委員、越前くんは私にそれだけを告げると自分の席へと戻って行った。
いいことを聞いた。
つい先日発売した私が探していた本は、飛ぶように売れているらしく、あちらこちらの本屋を訪ねてみても門前払いと言わんばかりに売り切れ御免の張り紙がしてあった。泣く泣く越前くん及び図書委員の皆々様方に頼み込んで、いろいろなつて(どこかの財閥がうんたらかんたら)を使って図書室に入れてくれることになったことを、彼は簡単に私に伝えてくれたのだった。
ありがたやありがたや、越前くんの席の方向に向かって軽く拝むと、私は教室を出た。足取りも軽く、行きついた先はもちろん図書室。新刊図書がずらりと並ぶ一際きらめいて見える本棚に迷いすらなく進んで見上げる。
あった。
すぐさま目に入ってしまうほどに、鮮やかなピンク色で包まれた本は私の心を思いっきり揺さぶった。ああ、探し求めていたあの本が。読みたくて読みたくて仕方がなかったあの本が、今目の前に。今すぐにでも攫って、私の本棚に収めたい……なんていう願望をぐぐぐっと押し込めて、私は思いっきり手を伸ばした。けれど、その手は届くこともなく、つま先立ちをしていた足はバランスを崩してしまった。
倒れる。
来てしまうであろう衝撃と、一瞬で甦ったこれまでの生い立ちに私はなすすべもなく、後ろへと倒れていく。
ああ、私の人生もこれまでか。最後に、少しでいいから、あの本に触れたかった。未練をたらたらと残しながら目を閉じる。が、しかし、いつまでたっても体に来るであろう衝撃は来なかった。寧ろ何故かあたたかくて、柔らかい。


「君、大丈夫か!」


大きな声に、私はゆっくりと目を開くと、目の前には男の人。学生服を着ているけれど、彼が私の天国からの使者なのかもしれない。
もしそうであるならば神にこう伝えてくれ、天国には本はあるのか、と。


「て、天国?」


そう、だって、私は既にもう、死んでいるのでしょう?


「何を言っているんだ!?ここは天国じゃなくて図書室だよ」
『えっ?』


あれれ、おかしいな確かに私は倒れたというのに。あのかたくて冷たい床に全身をぶつけたというのに。再び閉じかけた目をもう一度開いて、周りを見渡せば、知りも知り尽くしている図書室で。至近距離には、男の人の顔もあって。状況を飲み込もうとしている間に、私は彼によってしっかりと立たせられて、翻った裾さえもなおされていた。


『えっと、あの……あなたは天国の使者か何かで?』
「天国の使者!?あはは……こりゃ大変、そんな大それた者じゃないよ」
『えっ、あれっ、でも私倒れて。あ、もしかして私幽体離脱しているのか、なるほど納得しました』
「えーっと……納得されても困るんだけどな」
『いやいやそんな天国の使者さんなら分かっておられるはず』
「あ、そうそう」
『スルー!?』
「これ、取ろうとしていたんじゃないか?」
『へっ、あ、そうです、そのピンクの……』


天国の使者さんは、そう言って、背伸びすることもなくするりと本を取り上げた。数ページぱらぱらと開いた彼は、ああこれは、と言った顔をして私の手に本を乗せて、じゃあと言ってこの場からさっさと去ろうとする。びっくりした私は思わず彼の制服の裾を引っ張てしまったが、わりと簡単に彼を立ち止まらせることができた。


「どうかしたかい?」
『いや、だって、あの、天国の使者さんだったら私の魂を刈り取っていかなきゃじゃないんですか』
「君の天国に対する思考が恐ろしくて仕方がないんだけど」


物語の読みすぎかな、とかなんとか言って、天国の使者さんは頭をかきながら、苦笑いした。


「魂の代わりに君の感想を今度奪いに来るよ」


今度こそじゃあ、そう言って天国の使者さんは図書室から出て行ってしまった。いったい何が。魂を刈り取られるはずの私は、本の感想を代わりとすることで、刈り取られなくてすんで、ってことはつまり私は生きている?腕の中に確かにあるピンク色の本は夢でないことを物語っている。
そうか、私は生きているのか。なぁんだ、本が読めない心配をしなくてすむじゃないか。よかったよかった。
これで一件落着。そう思いかけたが、そう言えばさっきの天国の使者さん感想を代わりにと言っていたはず。しかし、彼は天国の使者であるが故に私はもう一度死ななければならないのではないか!?
ああ、どうしよう。天国の使者さん、あなたとの約束守れそうにないです。
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