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木陰の下にあるちょっとしたベンチが、私の特等席だ。
ここはグラウンドの片隅にあって、あまり人が近づかなかった。夏ならなおさら。だから私だけの特別な空間になる。
ほう。
息を吐いて空を見上げたら、木々の間から真っ青な空が見えて、遠くから少しだけ湿った匂いがする。今日もまた、雨が降るのかしら。干からびた大地にとってはめぐみの雨だろうけど、私にとってはめんどくさいものでしかない。
でも、この匂いは好き。
そんな小さなわがままに自分で笑って目をつむった。


「楽しそうだね」


だから、その声に顔を顰めざるを得なかったのは当然のことだった。いきなり、私だけの世界に入ってきた侵入者は、当たり前のように私の横に腰をかけた。
誰この人。


「俺は幸村精市。知らない?」


首を横に振れば、少し驚かれた。だって知らないものは知らない。


「君は2年の梓月てんでしょう」


なんで知ってるの。そう言えば、俺に知らないことはない、と言われた。どんな自信だ。


「君、よくここにいるよね」
『何で知ってるんですか』
「だって、ここ、俺の花壇があるんだもん」
『俺の?』


そう言われれば確かに、ここには花壇がある。しかも、手入れもきちんとされて、綺麗な花々が1年中咲いていて、私はこの花壇もお気に入りだった。
それを、この人が?
幸村さんは、どこから取り出したのか、使い古された軍手をはめて、麦わら帽子をかぶる。似合うような似合わないような。そんな視線に気づいたのか、幸村さんは麦わら帽子を指差して、部員達がかぶれってうるさいんだ、と困ったように、でも嬉しそうに笑っていた。軽くハミングしながら、土をいじり始めた幸村さんに、私はどうしたらいいのかわからず、とりあえず、ただ、その後姿を眺める。


「もうすぐ全国大会なんだ」
『全国大会?』
「……君は本当に俺のことを知らないんだね」


おもしろそうに笑って、テニス部なんだ、と私に言う。テニス部って、そういやなんか優勝とかして凄いんじゃなかったっけ。
へえ、幸村さんってテニス部なんだ。


「俺、最近まで入院してて、今必死で他のみんなに追いつこうと頑張ってるんだ」
『そうなんですか』
「でもさ、やっぱり、長い間病室にこもってばっかりだったから、なんだか眩しくて」
『太陽の光が?』
「それもあるけど、なによりみんなが」


そう言って腕で汗をぬぐいながら、空を見上げた幸村さんは眩しそうに目を細めた。


「すっごく遠く感じちゃうなぁ」


天に伸ばした手は、少しやせて見えたけれど、でも、力強い何かがあった。ほう、と息を吐けば、幸村さんは不思議そうに振り向いた。


『きっと大丈夫ですよ』


根拠はないけれど。何が大丈夫なのかわからないけれど。彼が深く悩み続ける何かを知っているわけじゃない私が、言うのもおかしい気がするけれど。でも幸村さんならきっと、大丈夫な気がする。


「君がそう言うんなら大丈夫そうだ」


固く握られたこぶしを胸元に持って行って、目を伏せた幸村さんは、帽子を少しだけ深く被りなおした。
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