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雨が降っている。
だというのに私の手には傘も折り畳みも合羽も何もなかった。自転車なら、あるけれど。そんなもので雨をしのぐことなんてできるはずもなかった。
靴箱からすぐ出たところで、壁に寄りかかりながら空を見上げるが、雨はやむ気配もなく、寧ろこれからひどくなるぞと言わんばかりに、雷が聞こえてくる。嘘だろおい、雷苦手なんだって。きゃあきゃあとどこぞの雌猫ちゃんたちみたいに悲鳴を上げるほどではないけれど、音も光もびっくりしてしまう。そんなところ誰にも見られたくないし、弱点握られたような気がして嫌だ。
帰りたい。誰にも会わないうちに。今のうちかもしれない。そう思って、一歩足を踏み出せば、目の前が真っ白になって、次いで飛び上がるほどの雷が鳴った。
ああ、今日は厄日だ。
誰かの押し殺すような笑いが聞こえる。
最悪だ。


「なんだよ梓月、雷苦手なのかよ」
『……さいな』
「ん?」
『うるさいな、向日のくせに』
「はいはい、今のお前なら全然怖くねーし」


向日は頭で手を組んで、私の顔をにやにやしながら覗き込む。睨み返したいのに、続けざまに鳴る雷に顔はこわばってしまう。


「意外だな、お前のことだから、雷だひゃっほーとか言ってはしゃぎまくってそうなのに」
『それお前じゃね』
「クソクソ!るっせーよ!」
『ていうか、向日は私をなんだと思ってんのよ』
「……別に」


一瞬つまった向日は、口を尖らせてそっぽを向く。なんだ向日。なんで今照れたんだ。わけわかんないし。雷おさまりそうにないし。雨も降ったままだし。どうしよう、帰れない。


「じゃ、じゃあ、俺帰る」
『あっそ』


そう言って、向日は自身の傘をぱっと開く。でも彼はなかなかここから去ろうとしなかった。さっさと帰ればいいのに、なんて思ってると、くるりとこっちを振り返った向日と目があった。


「あ、あのよ」
『何よ』
「その」
『だから何』
「傘」
『傘?』
「一緒……入ってくか」
『……え』


すぐに顔をうつむかせた向日の表情は見えない。だが、今確かに、一緒に入ってくか、って言った気がする。え、傘に?向日の傘に?向日と一緒に?


『相合傘?』
「ばっ!クソクソ!入ってくか入っていかないかさっさとしてみそ!」
『んー』
「……」
『じゃあ、お言葉に甘える』
「え」
『えって何なのよ。向日が誘ったんでしょ』


そうだけど、と言いながら顔を上げた向日の顔は真っ赤で、なんだか見てるこっちが照れてきた。するりと彼の傘の中に入れば、大きく見えた傘も小さく感じた。向日はそれとなく傘を私の方にかたむけてくれていて、全く濡れなかった。雷はなり続けていたけれど、一緒に帰りながら彼はずっと私に話しかけてくれたおかげでさほど気にならなくてすんだ。
ふうん。向日ってこんな優しくて気が使えるやつだったっけ。隣に立って初めて思ったけど、意外と身長差あるんだなぁ。見上げないと、ほら、彼の顔見れないし。


「ついたぞ」
『あ、ホントだ』
「じゃあ」
『向日』
「ん?」
『ありがとう』
「ん」


私の方が家が遠いのにわざわざ送ってくれた彼の後姿はなんだか大きく見えた。
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