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「梓月、あんなぁ」
『う、うん?』


目の前の席にやけにナチュラルに座った侑士くんは、机の上に置いていた私の手をつかんで、自分の指とゆっくりゆっくり絡めていった。伏し目がちにうっすらと笑うと、私との距離をいっきにつめる。


「二人っきり、やんなぁ?」
『そう、だね』


放課後の教室には誰もいない。おのおの帰宅したり、部活に行ってしまったりと、居残っていた私を例外に誰もいないはずだった。侑士くんだってテニス部の練習があるから例外ではないというのに、この橙色に染まった教室からいつまでも出ていく気配すら見せなかった。痛いほどに突き刺さっていた視線に少しだけ身を固くしながら、彼の息すら聞こえそうなほど静かになる教室を待っていれば、彼はゆっくりと私に近づいてきたのだった。


『侑士くん、部活は』
「そんなん、今はどうでもええやろ?」
『どうでもって……』
「それより、もっと二人でしかできん話しよ?」


二人でしかできない話って。具体的に何を。私の手の甲に唇を寄せて、彼は私を見上げて、笑った。何がそんなに嬉しいのか、私にはまったくわからないけれど。


「ここまでやってもまだ分からんの?」
『な、何が』
「梓月のこと愛しとるで」
『は』
「梓月は?」
『えっ』
「俺のこと好き?」


そんないきなり言われても。頭の中は混乱するばかりで、彼が言った言葉がぐるぐるめぐりめぐっても、未だに吸収できない。
侑士くんのことが好き?嫌い、ではない。でも好きかと聞かれたら?


『……わからない』
「ふうん」
『あの、私もう帰らないと』
「逃げるん?」


侑士くんの指を振りほどいて鞄を持ち上げたけれど、その手は震えていたあげく、彼に再び、でも先ほどよりもしっかりと捕らえられる。


「そうやって、俺の本気から逃げるつもりなん?」


そんなことはない。なんて言えなかった。
彼が私に好意を寄せているのはなんとなく気づいていたし、何度かそれらしいことも言われた。それでも曖昧に言葉を濁して、彼を傷つけまいと、避けていた。でも、それは逆に彼を傷つけていただけだったのかもしれない。そう思うと罪悪感でいっぱいになってしまう。


「そないな苦しそうな顔、せんで」


私をそっと抱き寄せて、何度も何度も大きくてあたたかい手で頭を撫でられる。俺は別に梓月を苦しませようとしてるわけじゃないんやで。そう言って。
彼は確かに知っているはずだった。私の中の罪悪感を。私の言動表情の一つ一つから読み取っているはずなのだから。
それでも、私が。
彼の手をふりほどけないのは。
気付かないふりすらできなくなった彼の本気を前に、背を向けるのが怖くなったからかもしれない。
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