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そうだ、ウニを食べよう。
佐伯くんはそう言って、私の手をひいた。
私はウニが苦手だ。食べたわけでもなく、ただなんとなく、苦手だ、と直感的に思った。もったりもったりと歩いてそれとなく反抗を試みたが、気にするそぶりすら見せず、砂浜に一際目立って建てられている部室へと連れていかれてしまった。
こんなはずでは。
そう言いながら、おいしそうにウニを食べる彼の隣で自分の分のウニを箸でつつく。つついてはいても絶対に口にはいれない。ただひたすら、つつき続ける。
食べないの。
としびれを切らしたように佐伯くんは私を横目に見た。
だって、ウニってよくわからないじゃん。
どういう意味だい。
黒々とした棘のある塊の中にぎゅうぎゅうにつまった柔らかいこれは一体何なのか。わからない。得体がしれない。だから食べるのに躊躇してしまう。
箸でつつくのを辞めずに、ひたすら目の前のウニを見つめ続け、割と真剣にそう言えば、佐伯くんは、ふうん、と小さく不服そうな声をもらした。
おいしいのに。梓月さんは勿体ないことをするんだね。
このウニは佐伯くんがわざわざ採ってきたものらしかった。

ある日、佐伯くんは、おからを食べよう、と私に提案してきた。却下する間もなく、再び私は彼につれられて部室へとやってきた。この間と一緒で、二人きり。浜辺にも誰もいなかったから本当に二人。
卯の花って言うんだ。
樹っちゃんがわざわざ俺のために作ってくれたから、梓月さんにもわけてあげるよ。小さ目のお皿に入ったおからと油揚げとシイタケ、ニンジンをじいっと見つめて、私はまた箸でつついた。口に運ぶでもなく、ただひたすらにつつく。
おいしそうにぺろりとたいらげ、おかわりを自分でついでいた佐伯くんに、横目で見られ、食べないの。と聞かれた。
食べないよ。だっておからもよくわからないじゃん。おからって一体なんなの。得体がしれないじゃない。
そうかな、おいしいのに。健康にもいいし。不服そうに彼は口に運んだ。
私にとって健康だってことも、おいしいのかおいしくないのかなんてことも、さして重要ではないのだ。ただよくわかんないから食べたくないだけだ。

それって逃げてるだけじゃないのかい。
いつものように連れ出された部室で、佐伯くんは私を横目で見つめてそう言った。今日はいつものように目の前に食べ物はおかれていなかった。少しだけほっとした。でもしょっぱなに言われた佐伯くんの一言に体がぴたりと止まった。目があったまま、ぴたり。
それって逃げてるだけだろう。自分の知らない世界を決して知ろうとしないだけだろう。どうして梓月さんは挑戦することをしないんだい。
だって、怖いじゃないか。
自分の知らないものに触れるなんて、そんな怖いこと私にはできない。知らなくても、知っている世界の中にいさえすれば人間充分幸せに生きることができるはずなのだから。幸せになるために得た、必要最低限の知識だけしかないのだから。
わざわざリスクを背負う必要性なんてないでしょう。
ふうん。と不服そうな顔をした佐伯くんは、小さく、そんなものなのかな、と呟いた。
きっとそういうことなんだよ。
ところで、梓月さんは恋をしたことがある。
するりと投げ出された質問に、私はいいえと答えた。恋なんて今までしたことない。するかもわからない。
じゃあ、俺が梓月さんのこと好きだって言ったら、君はやっぱり逃げるのかな。
するりと手を握られた。逃げたかった。でも逃げられなかった。知らない世界を無視しようとした私への罰なのかもしれない。くらり。めまいがするこの世界に対処する術を私は知らないのだから。
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