▼ ▼ ▼


「なぁ、梓月さん」
『はい?』
「梓月さんって好きな人いんの?」
『いないけど』
「なーんだ、じゃあいいや」


選択授業でたまたま前の席になったBクラの丸井君は時々変な質問をしてくる。明らかに授業に関係のない質問に、私は半目がちになってしまうけれど、答えを聞いたらすぐに前を向いた彼は満足げに風船ガムをふくらませた。
おいこら授業中だぞ。
なんてことも言えずに、彼が振り向きざまに残したグリーンアップルの香りが肺の中で広がった。
彼の真っ赤な頭越しに見える時計は授業終わり20分前を指していて、彼のしっかりとした肩越しに見える黒板は隙間も無いほどに真っ白なチョークで埋め尽くされていた。
3年生になってまだ数週間だけれど、校庭の桜も散ってしまったし、太陽の光も以前より増して眩しく感じて、この間春が来たばっかりだと思ったのに、もうそこに夏が来ている気がする。


「あ、そうだ」


再び肺に吸い込まれるグリーンアップルの香り。彼の姿は春みたいなのに、彼が纏う空気は夏そのものな気がする。


『まだ、何か?』
「今日、俺の誕生日なんだ」
『へぇ』
「梓月さんに祝って欲しいんだけど?……なんて」


熱くて、眩しくて、爽やかで。
彼は、私にこっそりと夏が来ることを告げた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -