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やらかした。
そう思った時は時すでに遅し。
手に握っていた一枚の紙切れを見つめて、私はため息を吐いた。

入部届。

明日までに提出だと言うことをすっかり忘れてしまっていた私のまわりでは、友達同士のグループが既に出来上がっているようであり、彼女たちはもうどの部活に入るのかすらも決めてしまっているようだった。
家が遠いために下宿することにしたのはよかったが、その下宿先への引っ越し作業で今の今まで忙しかったため、ろくに部活動紹介を聞いていなかった私にとって、相談する相手が誰もいない状況も手伝って、この締切は窮地にならざるをえなかった。

ああもうどないせえっちゅうねん。
いらいらでくしゃくしゃになった入部届を徐に鞄につっこんで、私は廊下を歩いていた。もういっそ帰宅部でもいいか、と半場諦めの境地に至りながら靴箱に向かっている時だった。


「あ、そこの君!」


と、誰かを呼ぶ声がして、でも周りにはたくさんの人がいたため私には関係ないとそのまま早足で歩いていると、声の主に肩をがっしりと掴まれ、くるりと無理やり一回転させられた。


「ちょ、待ちいや!俺は早足で靴箱向こうとる君を呼んだんやで」


君、1年の梓月てんさん、やろ?
そう言って恐ろしいほどににっこりとした笑みを浮かべた。


そんなこんなで、この男子に無理やり手をひかれてやって来た先は何故かテニス部部室で、私をぐるりと部員らしき人たちが囲んでいた。怖い。なんか耳に五個もピアスした不良っぽい人は無表情だし、ちょっとよくわかんないけどオカマっぽい人もいるし、その笑顔のオカマさんの隣の緑のバンダナの人にはにらまれてる気がするし、赤い髪の子が私のまわりをソワソワと動き回るし、なんか一人端っこでお経唱えてるし、金髪の人はなんか知らんけどめっちゃにこにこ笑ってるし、影が薄い人もいるし、大量のこけしに見つめられてる気がするし、そして目の前に立つ私をつれてきた張本人が手にまいた包帯をでろんでろんにほどいてるのが一番怖い。
何これどういう状況なんだよ。


「こいつか、まぁ、どうでもええけど小春はやらんからな」
「はいはいユウくん、女の子に優しくせえ言うたろ一氏」
「なんや結構かわええ子やん!これで部活も楽しくなるっちゅー話や」
「下心ありありとかきもいっすわ、先輩」
「なぁなぁ、たこ焼き好き?」
「はい、おしゃべりはそこまでや」


勝手に交わされる会話に呆然としていると、いつの間にか包帯を巻きなおしていた、あの男子が手を叩いた。


「彼女が1年で唯一まだ部活に入っとらん梓月てんさんやで」
『え』
「そんなんみんな知っとるっちゅー話や」
『いや、え?』
「ちゅーわけや」
『えっ、え?』
「今日からテニス部をよろしゅうな!」


ぽんぽんっと肩を叩かれても、私のものとは思えない字で書かれた入部届を目の前に置かれても、何が何やらさっぱり。なんで私がテニス部をよろしくされなければならないのか。
やってらんない。私はくるりと方向転換をし、扉に手をかけた。


「この学校、文化部運動部どっちも兼部せなあかんのになぁ」
「帰宅部ってダメちゃいましたっけ」
「せやな、帰宅部おっけーやったら、財前ここにいてないで」
「というわけや、梓月さん」


何が「というわけや」だ。全然わからん。
テニスとかやったことないし、寧ろやりたいとも思わないし。テニス以外にも運動部あるし。それになんかやってけるとも思えないし。やっぱり結構です、と口を開きかけた時、ばちりと包帯男子さんと目があった。


「……こないだ偶然梓月さん見かけてなぁ、梓月さん部活動紹介も聞かんと帰っていきよってん」
『それは……下宿先の引っ越し作業が残ってたからで』
「やと思ったから、声かけたんや」
『え?』
「ろくに部活動紹介も聞いてなかったんやから、当然入る部活決めきらんはず。そう思っていろいろ探りよったら、案の定入部届出しとらんの梓月さんだけやった」
『確かに……そうですけど』
「帰宅部でもええか、そう思っとったやろ自分」
『……』
「もう既に出来上がった関係の中に入るんは絶対勇気いる。せやから、俺らは手を差し伸べるんや。そうすることでちょっとでも救われる人間だっておるやろし。余計なお世話かもしれんけど、何もせん方がつまらんやろ?」
「まぁ、梓月ちゃんやったらこれからなんぼでも時間取り戻せるやろし、自分からいろんなことに動ける子やとは思うけど」
「今年のテニス部部員めっちゃ少ないねん。助ける思って、俺らのマネージャーになったってください!」


正直、脅しだと思った。
でも、なんとなく救われた気持ちもあったのは事実だった。
包帯男子さんの言うとおり、完成されてしまった友達関係の中に急に飛び込む事なんて、私にはできなかった。だから、相談する人もいないだの、引っ越しが忙しかっただの、言い訳をしながら逃げていただけだった。
偶然かもしれない、でも、分かられていたのかもしれない。
私を囲む彼らは最初と違って優しい顔をしていた。いや、もしかしたら最初から私を優しく見つめていたのかもしれない。勝手に怖いと決めつけていたのは自分だ。


『私……入部します』
「へ?本当に?」
『はい、私でよければ』
「そ、そんなん全然いいっちゅー話や!」
「その言葉、待っとったで」
「やったで白石!梓月これからもよろしゅう、よろしゅう!」
「金太郎はん、そない梓月はんの腕振り回したらあかん!」


赤髪の子を優しく制してくれた坊主の人を始め、私を囲んでいる彼らを見渡せば、彼らはゆっくりと頷いた。


「……あんたさ、最初やらかした思たやろ?でも、」
「人生やらかしたモン勝ちや、せやろ?財前」
「ま、そういうことっすわ」


人生やらかしたモン勝ちや、か。
その通りかもしれない。やらかした結果、私は素晴らしい仲間を手に入れることができたのかもしれない。彼らとやっていけないなんて訂正。彼らだからこそ、私を迎え入れてくれる彼らだからこそ、きっとこれからもやっていける。そう思う。
私の方に一歩近づいて、包帯男子さんはゆっくり手を差し伸べた。


「俺は白石蔵之介、四天宝寺中テニス部の部長や」


四天宝寺中
テニス部へ、
ようこそ
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