日吉とカステラを食べよう

あたたかな日差しが降り注ぐ昼下がり、私と日吉は、交友棟へとやってきた。
学食の片隅に腰を下ろすと、日吉も静かに腰を下ろした。


『ねえ、日吉』

「なんですか、梓月さん」

『カステラ食べない?』

「……」

『……』

「脈絡なさすぎやしませんか」


日吉が不信がるのも無理はない。
なんせ突然教室にやってきた先輩が、ついてきてと一言しか言わずに、ここまでやって来たのだから。
それなのにちゃんと私の後をついてくるこの後輩の健気さたるや。


『まあそう言わず』


そんないい子には、これをあげよう。と取り出した紙袋の中に入っているのは、細長い箱。
思わず覗き込む彼の前で、蓋をあければ、甘い香りと、つやっとした表面の下に隠れる、しっとりとした生地。そう、カステラだ。


『おいしそう……』

「どうしたんですか、それ」


よくぞ聞いてくれた。
そう、私は自慢もしたかったのだ。
憧れの長崎、そこへ赴いたのはつい先日のこと。
父と母に懇願して、ようやく行き至ったのは歴史とロマンあふれる街並み。
西洋建築に美しく整えられた木々花々、ハートの石はなんともチャーミングで、はしゃいでいると、すぐそこには港の絶景が広がっている。
歴史の長い木造の教会には、美しいステンドグラスが飾られて、思わずため息をついてしまうほど。
かと、思えば、中華街もあって、ランタンの暖かくも美しい光に迎えられながら、おいしい中華の味も堪能できる。
なんと夢のような場所であったか。
それを日吉にも聞かせてあげたかった。
ふうん、と唸るように相槌をうった日吉は、それで、と続きを促してくる。
そう、焦らずとも。


『そしてこのカステラが長崎のお土産』


既に切り分けられているそれを、家から持って来ていたお皿の上に乗せる。
私と、日吉の分、二きれ。
でも、あと一つ、大事なことがある。
手を伸ばす日吉を制して、私は、カステラの生地の下にあるものを指す。
そうこれが大事。


『そっと、めくってみて』


そっとだよ、と念を押す。
私もそれはそれは慎重に、紙をはがすと、そこにはきらきらと光る……


「ざらめ?」

『そう!ざらめがね、このざらめがすごくおいしいんだ』


召し上がれ。
ぱくり、一口食べた彼の顔は、どことなくきらめいてるように見えて。
おいしいでしょう?そう問えば、黙ったまま、こくりと頷く。
そうでしょう、そうでしょう。
早く日吉に食べてもらいたかった。
ずっとこの時間を待ち望んでいた。
日吉と二人で、この幸せな時間を享受できる喜びを。
私もつられて一口食べると、それはそれは甘美な味で、思わず、また行きたいなあとこぼれた言葉は、日吉にそっと拾われた。


日吉若/長崎



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