宍戸とピクニック

今日は朝5時半に起きた。
誰もいない台所に立って、私は包丁とまな板を手に取る。
よし。
小声で気合を入れて、私は準備を始めることにした。
そう、なんて言ったって、今日は宍戸とピクニックの約束をしているのだ。
邪魔者である幼馴染もいない。宍戸と私の二人っきり。
このチャンスを物にしない手はない。
誰かが言っていた。男は胃袋を掴め。その言葉を信じ、私は、彼の驚き喜ぶ顔を想像しながら、野菜に包丁を入れていく。
だが、出来上がるのは、不揃いな野菜やいびつなおにぎり、こげてしまった卵焼きにたこさんウインナー。
どうして普段から料理をしていなかったのか!
自分に腹を立てながら、できるだけ綺麗なものをチョイスして宍戸の分を用意した。
喜んでくれるだろうか。
最初の気合はどこにいったのか、今はただただ不安でいっぱい。
そうこうしている間に約束の時間が迫り、朝ごはんも喉に通らないまま、私は宍戸と待ち合わせした最寄駅へと急いだ。


『ごめん!遅れた』

「激ダサだな」


私の姿を見た宍戸は、少し悪戯っぽく笑って、心配させんなよと頭を小突いた。
ああ、ずるいなあ。責めるんじゃないんだ。
何も言わず、私の手から弁当の入ったバスケットを奪い取るその優しさに、胸が高鳴る。


「今日晴れてよかったよな」

『ホントだね。あったかくなってきたし』

「桜も満開だしな」

『ちょうどよかったね!』

「でも残念だったよな、岳人もジローも来れないなんて」

『う、うん、そうだね』


実は、あの二人は誘ってなどいない。
向日もジローくんも来れないなんていう嘘。
一種の賭けだったけれど、この様子だと、あの二人には宍戸も何も話していないみたいだ。
よかった。
密かにほっとしていると、宍戸はここらへんでいいか、と言って、自宅から持って来たのであろうレジャーシートを広げた。
宍戸はそのままシートの上に座ると、横をぽんぽんと叩いた。私は少し緊張しながら、宍戸の横に座る。
途端にぐうと鳴るお腹。
宍戸は私を見て、ぱちくりとまばたきをする。
ああ、恥ずかしい。なんて失態を!
ぷっと噴き出した宍戸は、私から奪い取ったバスケットからお弁当箱を取り出す。一つを私に手渡すと、もう一つを手に取った宍戸は、そのまま包みを広げた。
あっ、それは!
阻止する暇もなく、宍戸が広げたのは失敗中の失敗作。私が食べる予定だったものだった。
取り替えようとする私の手を遮って、いびつな卵焼きを口に運ぶ。
ああ、そんな。
こんなの胃袋を掴むどころじゃない。
宍戸が咀嚼する様子を、血の気が引きながらじっと見つめていると、宍戸は小さく頷いた。


「うまい」

『は、は!?そんなわけない!』

「うまいったらうまいんだっつうの」

『嘘はよくない!』

「いや、本当だって」

『そ、そんな』


もう一度彼の手からお弁当箱を取り上げようとすれば、宍戸は朝見せたあの悪戯っぽい笑みをもう一度浮かべた。


「なあ、あいつら誘ってないだろ?」


私の聞き間違いだろうか。
予想もしていなかった言葉に、首をかしげてみせると、宍戸は、岳人とジロー誘ってないだろ、ともう一度言った。
え、嘘。なんで?どうしてばれてんの。
さっきは全然そんな様子なかったのに。


「なんで俺だけ誘ったんだ?」


宍戸に見つめられて、全身が熱くなる。
答えられないでいると、宍戸はなおも私の失敗作を口に運ぶ。


「これ、俺のためだけに梓月が作ってくれたんだろ?」


何もかも宍戸にはお見通しってことか。
観念しろよ、と言わんばかりの宍戸に、私は項垂れるようにして、小さく、はい、と頷いた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -