向日と歌姫ちゃんのカラオケ
『絶対に嫌だ』
私の断固とした態度に、向日は口を尖がらせた。
この人も何度言ったらわかるのだろう。
これだけは嫌、これだけは絶対になにがなんでも嫌だ、と言い続けて約1年。
去年たまたま同じクラスになった彼は、クラスが離れても尚誘ってくる。
「いいから行こうぜ?」
『侑士さんと行けば』
「なんで侑士呼びなんだよ」
『は?どう呼ぼうが私の勝手じゃない』
「……」
『え、何』
「強制連行」
なにが向日の逆鱗に触れたのか。
私の腕をがっちりと掴んだ向日によって、私は強制的に駅前のカラオケに連れて来られてしまった。
向日は慣れた様子で受付をすませ、私をずるずるとひっぱりながら部屋へと向かう。部屋についた向日は、烏龍茶を二つ頼んだあと、備え付けの端末から手当たり次第曲を入れ込んでいく。
ちょっとちょっと、私歌わないよ?全部向日が歌ってね?
そう言っても、向日は私にマイクを握らせ、デュエットしようぜとか誘ってくる。
なんなのこの人。パワハラじゃん。侑士さんに訴えてやる。
「クソクソ!なんで梓月歌わねえの?」
『嫌って最初から言ってるじゃん』
「梓月、歌うまいんだろ、だったら別にいいじゃん!」
『はあ?なんで私が歌うまいって分かんの』
「それは侑士が!」
そう叫んだあと、向日は、しまったと言わんばかりに口を押えた。
侑士さんが何。
「なんで……俺とは行きたくないってずっと言ってたくせに」
『向日とはっていうか、カラオケに行きたくない』
「じゃあ!なんで、侑士とは行ったんだよ!?」
『は、はあ?』
「とぼけても無駄なんだよ!こないだ侑士が俺に自慢してきた。梓月とカラオケに行った、歌うまかったって!」
『侑士さんとカラオケ……?』
侑士さんとカラオケなんて行ったか?
全然記憶にない。向日騙されてるんじゃないの……ん?あー……もしや。
「なんだよ」
『行ったわ』
「クソクソ!」
『でも、あれはクラス会で仕方なくだから』
「は?クラス会?侑士は二人でって言って……」
そこまで言って、向日の顔が真っ赤に染まった。からかわれてやんの。可哀そうに。
静かに項垂れているところに、店員さんが烏龍茶を運んできた。
私はストローで一口飲むと、放り投げていたマイクを手に取った。
「梓月?」
『で、何歌うの?』
「!」
からかわれて可哀そうな向日のために、一曲だけ歌ってやらんでもないよ。
そう言うと、向日は急に慌てだして、音楽を慎重に選び始めた。