向日先輩と音痴な後輩のカラオケ
やばいことになった。
どうしてこういう流れになったのかは分からない。
だけれど、いつの間にか私はカラオケボックスの中にいて、タンバリンを持たされていた。
いや、さっきまで、委員会の真面目なお話をしていたはずだ。
今度のイベント企画、運営は、全て新3年生となった彼らに任された初めての大仕事。絶対に成功させような!とみんなで気合を入れたばっかりだった。
なのに、何故、今、私たちはカラオケボックスにいて、ウェイウェイと騒いでいるのだろうか。
「いえーい!お前ら楽しんでるかー!?」
ここはどこのライブ会場だ。
赤い髪を揺らして、ノリノリの向日先輩は、まぎれもない、このカラオケの提案者だった。
大仕事前にみんなの結束を図るためらしいが、それにしても何故カラオケなのか。
普通にご飯とかでいいやん。
マイクが近くに回ってくるたびに、私の顔は青ざめていく。
やばい。なんとか逃げ出す口実作らないと。
カラカラに乾いた喉を潤そうと、無難に頼んだ烏龍茶を飲んでいると、ぱちり、向日先輩と目が合った。
にっと笑った向日先輩はあろうことか私の隣に座ると、楽しんでるか?とそれはもう悪気もなく聞いてきた。
適当にそうですね、と答えたが、向日先輩は意外と見ている。
私が歌ってないことに気付いていて、端末を私のために操作し始めた。
「えっと、梓月だっけ。何が好き?」
『え、えーっと』
何も答えられずにいると、少し眉根を寄せる向日先輩。
やばい、怒らせたかもしれない。
喉の調子が悪くて、とちょっと誤魔化してみたけれど、ただ黙って向日先輩は私を見つめた。
『あ、あの、私エタニティの』
「あー……俺、あれ歌いたくなったわ。次俺に歌わせてみそ」
向日先輩は立ち上がって、今まで盛り上がっていた他の先輩たちの群れに混ざっていく。
助かった。
ほっとしていると、備え付けの電話がなり、私は無事に歌うことなく、カラオケが終了した。
出口で解散したあと、人が少なくなったのを見計らって、私は向日先輩に駆け寄った。
『あの、先輩』
「ん?」
『さっきはすみません、怒らせてしまって』
「あ、あーいや、怒ってない」
『え、でも』
「俺こそ悪い。梓月苦手だったんだろ?」
顔に出ていたのだろうか。なんかとても悪いことをした気持ちになる。
すみません、ともう一度頭を下げると、ふいに頭が重くなる。
そして、そのまま、わしゃわしゃと髪の毛をかきまわして、するりと頬に落ちるそれに、私は上を向かされた。
「梓月は悪くないって。気にすんな!」
私を見つけてくれた時と同じように、にっと笑った向日先輩は、気ぃつけて帰れよ、と言って、友人らしき先輩を追いかけていく。
『歌……練習しようかな……』
私はただただ呆然としながら、向日先輩の後姿を見送った。