切原くんの帰り道

大学に入って数か月。
ようやく一人暮らしが落ち着いた私は、いつまでも親のスネなど……という心持ちで、アルバイトをすることにした。
といっても、初めての経験だ。
とりあえず近場のコンビニで修行でも、と面接に向かったところ、すんなり初めてのバイトが決定したのである。
まあ、すぐに見つかってよかったかなあ。
入って数か月が経ち、だいぶ仕事の内容にも慣れてきた私は、そうひとりごちていると、バイト仲間の切原くんが、真面目にやれと言わんばかりに、無言で小突いてきた。
ごめんごめん。
へらりと笑うと、切原くんは早々に私に背を向けて、先にあがります、と手を上げてひらひらとさせた。
切原くんは地元出身のバイト仲間だ。
先日入ったばかりの私にとって、高校時代からここでバイトをしていた切原くんは、先輩みたいな存在だが、同じ年で、大学も近くて、住んでるところも近いおかげで、すんなりと打ち解けてしまい、今ではあがり時間が一緒になると、
自然と二人で帰る仲となった。


「今日もさみーな」

『ね、朝晩は特にね。切原くんは風邪ひいてない?』

「大丈夫だいじょう、っふぁ」


くしゅん。ずるずる。
言ったそばからこれだ。私は、自分のマフラーを切原くんのさびしい首元へぐるぐると巻きつけた。
なんなら手袋も貸そうか、そう言うと、ぶんぶんと首を振った切原くんは、かっこわりい、とばつが悪そうだ。


『私も最近喉が痛くってさ』


かっこわるいのはおあいこだよ、そう言って、切原くんを見上げると、寒さのせいか、頬が赤くなっていた。……熱がなければいいけど。
これ以上は流石におせっかいだよね。私カノジョとかじゃないし。


「梓月さんも気をつけろよ」

『うん、ありがと』

「あ、俺、今日もコンビニ寄ってから帰る」

『またね、切原くん』

「おう」

『……』


最近切原くんの様子がおかしいのだ。
いつもは家の近くまで送ってくれていたのだが、最近は、途中で「コンビニに寄って帰る」という理由で、別れているのである。
コンビニで働いているのに、コンビニに寄って帰るなんて。
そのおかしな理由に、彼は気づいていないのだろうか。
今日こそは。
今日こそは、切原くんの後をつけてみよう、といけないことだとは思うけれど、あまりにも不自然な行動に、いつまでも疑問だけ持っていても、もやもやするだけだ。
意を決して、私はこっそりと切原くんの後をつけることにした。


* * *


ううん。
確かに途中まで切原くんのお家の方向だった。
でも公園をすぎた所からおかしい。
細い路地をまがってまがって進むと、だんだんと緑が多くなってきた気がする。
更に奥へと進む切原くんは、坂道をのぼりきると、とある場所に足を踏み入れた。
急いで後を追うと、そこには、赤い大きくて立派な鳥居が私を見下ろしていた。


『……神社?』


がらんがらんと鳴る鈴の音に引き寄せられるように、石段をのぼりきると、拝殿の前で、両手を合わせている切原くんが目に入った。
何をお願いしているんだろう。
私は近くにあった狛犬の陰に潜もうと、一歩足を踏み出したが、遅かったらしい。
振り返った切原くんと、ばちりと目が合ってしまった。


「何してんのあんた……」

『あ、あはは……』

「……」

『ごめん……』


呆れたような怒っているような、それでいて少し恥ずかしそうな顔をして、大きなため息を吐いた切原くんは、その場でうずくまってしまった。


『切原くん?』

「……なんで来ちゃうんだよ」


もう一度大きくて長いため息を吐いた切原くんは、そっと、腕から顔を覗かせた。
その顔はさきほどよりいっそう赤くて、ぎらりと光る大きな目が私をじっととらえている。


『……何をお願いしていたのか、聞いてもいい?』


ひゅうと漏れた息をもう一度吸い込んで、紡いだその言葉はやけにかすれていて、心臓がどくんと大きく脈をうった。


「梓月さんのこと初めて見た時に一目惚れした」

『え?』

「だから、あんたと、その、イイ感じになれるように、お願いしてた」

『私に一目惚れ?』

「……だからこんな必死でかっこわるい姿見せたくなかったのに」


あーもう、ほんっとかっこわりい。
そう言って切原くんは顔をまた隠してしまった。
なんだ、そっか。そういうことか。
私は一歩、また一歩近づくと、彼の間の前にしゃがみこむ。彼の腕にそっと手を置くと、びくっと肩が震えた。


『切原くん、寒くない?』

「……あちぃ」

『そっか……私も一つお願いしてこようかな』

「へ」

『冷たくなった手をあたためてくれるのが、切原くんでありますようにって』


ぽかん、と口をあけた切原くんがおかしくて、私はつい笑ってしまう。
声に出しちゃったからお願い叶わないかも。
そう言うと、急に立ち上がった切原くんは、私の前におもいっきり手のひらを差し出した。


「いや、叶う。必ず叶う」

『そっか、ありがとう』


その手をとると、切原くんは、ゆっくりひとつひとつの指の感触を確かめるように、指を絡めていった。
冷たくなっていた手は、切原くんの手のぬくもりで、あたためられていく。


『改めて、よろしくね、赤也くん』


そう言うと、切原くんは、やっぱりかっこわりい、とばつが悪そうに、鼻をすすった。



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