木手先輩とすべれないアイススケート
そうだ、スケートに行こう!
テニスサークルの先輩である、平古場先輩と甲斐先輩の突然の思いつきで、テニスサークルなのに、というツッコミすら言わせず、アイススケート場に連れて来られてしまった私は、久々のスケート場にちょっとわくわくしてきてしまった。不覚。
いつぶりだろう。小学生ぶり?
学校のスケート体験で、ビールケースを使って滑ったことを思い出す。
そういえば、あの時手を離して滑れるようにもなったんだっけ。
先輩二人は早々にリンク場に出て滑り始めている。
うまいもんだなあ。
私はスケート靴をしっかり履いて、リンクへと足を踏み入れた時、後ろに木手先輩の姿を見つけた。
『先輩は滑らないんですか?』
「ええ、俺は見ているだけでいいです」
じゃあなんで来たんだろう、と思ったけれど、自分の状況を考えて、木手先輩も無理やり連れてこられたんだろうな、と思い直した。
木手先輩は、平古場先輩と甲斐先輩と幼馴染だと言う。
テニスだってうまくて、私が大学に入って間もない頃、どのサークルに入るか迷っていた時に、先輩の試合を見て、思わずその場で入る手続きをしまったくらいに、かっこよかった。
いわば私にとって、憧れの的でもあるわけなんだけど、未だに話したことはあまりない。
あの二人とは結構打ち解けるのが早かったんだけどなあ。
「滑りたくて来たわけじゃありませんから」
はしゃぐ二人を見てため息を吐く先輩に、私は、昔からこうなんだろうなあ、と思った。
それでもなんだかんだ付き合ってあげてるあたり、優しい人なんだということがわかる。
一緒に滑れないのは少し残念だが、仕方ない。
そう考えているところに、一周してきたらしい二人が戻ってきて、木手先輩を覗き、なにやらクスクスと笑っている。
「なんですかにやにやと」
「えーしろー、やーも早く来て滑れー」
「俺はいいと言ってるでしょう」
「あーわかった、裕次郎!えーしろーは滑れないやしが滑りたくないわけさ」
「あー!やさやさ!」
「なっ!あなたたちね!」
「こけたらかっこわりーしなあ!」
「いい加減にしないとゴーヤー食わすよ!」
「どうせ滑られないやしが、今のえーしろーは怖くないさ!」
あっはっは!と笑いながら、滑り去って行く二人に、木手先輩は怒りに震えている。
あーあ。これは後が怖いぞ。
呆れながら二人を見送ると、ばちり、木手先輩と目が合ってしまった。
* * *
『初めて来たんですね』
良ければ教えてほしい。
木手先輩はなんだか気まずそうに、でもどこか見返してやりたいというような気持ちがあふれている様子で、私にスケートのことを聞いてきた。
あの二人はきっと、いつもゴーヤでやられている木手先輩に一泡吹かせたくて、こんなこと言いだしたのだと、木手先輩もどうやら気づいたみたいだ。
「すみません、梓月さんまで巻き込んでしまって」
『いえ、なんか慣れちゃいました』
それに。
木手先輩とこうやって一緒に滑れるのも嬉しいですし。
なんてそんなこと言えないけれど。
木手先輩に合うサイズの靴を受け取ると、私は先輩をベンチに座るように促した。
「あの……」
『なんですか?』
「このくらい自分でやれますよ」
『靴ひもはしっかりきつく結ばないと大変ですよ。自分でやるよりいいです』
ぎゅうっときつく結ばないと。
木手先輩に怪我なんかさせるわけにはいかない。
きつくないですか、と言いながら顔をあげると、そこには困った顔をした木手先輩がいて、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
『あの、えっと、できました。すみません、出しゃばって』
話をしたこともあまりないのに、図々しいやつだと思われてしまったかもしれない。
木手先輩の顔も見れず、俯きながら謝ると、少しの後、私の頭にあたたかい温度が落ちてきた。
木手先輩の手だと理解する前に、そのあたたかさは離れていき、その手につられて顔を上げると、相変わらず困ったような、でも少し微笑んでいて、ありがとうございます、と、動く唇に思わず釘付けになってしまった。
「あーえーしろーが後輩女子をナンパしてるやっし」
「今に見てなさいよ!」
戻ってきた二人に囃し立てられ、木手先輩は笑いながら滑る二人の後姿を悔しそうに見つめる。
「そろそろあなたにもかっこいい姿見せないといけませんし」
『えっ』
私へと向き直り、ご指導よろしくお願いしますね、と言った木手先輩は、やっぱりかっこよかった。