木手くんの卵焼き
家庭科の時間、私は彼に釘付けになった。
背筋をしゃんと伸ばし、その長い指が丁寧に食材へと延びる。その姿はなんとも美しく、窓を背にしているせいで、まるでスポットライトを浴びているようにきらきらと輝いて見えた。
あまりの手際の良さに、違う班だけどついつい見てしまって、手が止まってしまう。
「木手くん器用さーねー」
「じゅんに上手」
「いつも料理してるばー?」
「まぁ、人並み程度には」
「だはずよ!じゅんに上手やっさぁ」
木手くんは同じ班の女の子に囲まれて、口々に褒められている。
なんだなんだ。木手くんが上手だって最初に気付いたのは私なんだぞ。ほら、あの卵焼き。すごくすごくきれいにまけている。
私も卵焼き担当なのに、綺麗にまけなくてぐちゃぐちゃ。これじゃチャンプルー。
木手くんのは、均一でふっくらでとてもおいしそう。
自分の卵焼きと木手くんの卵焼きを遠目で見比べていたら、ばちり、木手くんと目があった。
びっくりした。必死に目を逸らして、自分のチャンプルーをお皿に盛り付けた。
完成した卵焼き定食は、私のチャンプルーのせいで、先生にすら励まされる出来具合だった。
味は卵焼きなんだけどなあ。
もそもそと食べていると、チャンプルーの横に綺麗な卵焼きが置かれた。
不思議に思っていると、食べたかったのでしょう、という声が頭上から聞こえた。
見上げるとそこには木手くん。
珍しく笑んでいる木手くんにびっくりしたのと、卵焼きを食べろと言わんばかりの視線にびっくりしたのと。
戸惑っていると、あろうことか木手くんは、私の口元に卵焼きを持って来たのだ。
恐る恐る口を開けると、木手くんはその中に卵焼きをさし込む。
ゆっくり咀嚼していくと、少し歯ごたえと、青っぽさ。
『木手くん待って、これ、もしかして』
「ええ、俺特製ゴーヤー卵焼きです」
『木手くんいつの間に……』
「梓月さんがあまりにも物欲しそうにこの卵焼きを見ていたものですから」
同じ班の甲斐くんがげっそりした顔でこちらを見ている。
「君のチャンプルーもおいしそうですね」
褒められてしまった。