おせんべいと神尾
おせんべいはうまい。
一日中食べても飽きないくらいうまい。
こたつに入って、あったかーいお茶をすすりながら、ぱりぱりのしょっぱいおせんべいを齧る。
なんと幸せなことだろうか。
「おい、梓月!何してんだよ」
だから。
「何度インターホン鳴らしたと思ってんだ!」
本当に。
「そろそろ行くぞ!」
『邪魔しないでもらえるかな!?』
自分がどんな顔をしていたかはわからないが、少し驚いた表情を見せた幼馴染は、だんだんむっとした表情に変わっていった。
「行かないって駄々こねてるって、おばさんがぶっ飛んで来たんだぞ!」
『だって、行ってもしょうがないもん。おせんべい食べてる方がまし』
「行ってもしょうがないとか……行ってもないのによく言えるよな」
『うるいよ神尾』
「うるさいってお前なあ……せっかく着飾ってもらってんのにそれはないだろ」
『頼んだ覚えなんてないもん』
今日は成人の日。
この地区の成人式が今日行われるということで、私は親に無理やり着物を着せられた。髪の毛もメイクもばっちりきまってる。でもそんなの私じゃないみたいでもやもやする。
私は神尾のことを無視して、おせんべいを食べ続けた。
「深司たちも待ってるって言ってたぞ」
『だから何』
「あーっもう!」
『あっ!』
最後の一個に手を伸ばした時、横から神尾がぶんどった。それだけでなく、乱暴に袋を開けて、そのまま口に放り込んだ。
何してくれてんだこいつ!何してくれてんだこいつ!!
『ちょっと神尾!私の楽しみとらないでよ!』
「はっ、これでお前がここにいる口実がなくなったな?」
『バカ神尾!』
「ほら行くぞ!」
私の手首を掴んで、私を立たせたと思ったら、そのまま玄関まで連れて行かれる。
ふざけんな!行きたくないって言ってるのに!
『神尾!』
急に止まった神尾に私は思わず神尾につっこんでしまった。そのまま倒れ込んで、私の目の前には神尾の顔がある。
ちょっと、大人っぽくなった気がする。髪も少し短くなったし、色も少し明るくなったような。
じっと見つめていると、神尾の目がだんだんと泳ぐ。
『何』
「いや」
『何よ』
「そっちこそ何だよ」
『えっ』
「俺のことじっと見てさ」
『そ、それは……』
「綺麗になったな」
『へっ』
「だから!梓月、綺麗になったな!」
『あ、ありがとう……』
「お、おう」
『神尾も!』
「えっ」
『かっこよくなったよ!』
「え、あ、あっ、ありがとう……」
『……』
「……まあ、見た目とかみんな変わったけど、みんな中身は変わんないんだよ」
そんなものなのかな。
成人式だからと言ってメイクもして着物もきて、いつもと全然違う自分だって思ってたけど、昔と比べたら身長とか顔だちだってそもそも違うわけだし。何もしなくたって、今の自分は昔の自分とは違う。でも、根本的な部分、性格とかくせだとかそんなものはきっと変わってないはず。
「ほら、証拠に」
神尾は私の唇に手を伸ばす。
ついてた。
そう言って、おせんべいのかけらを見せつける。
『か、神尾!』
は、恥ずかしい。
でも、そういや昔っから私口元にご飯粒つけてたっけ。それをいつも神尾が見つけてからかって、でも最後はこうやって取ってくれてたっけ。この懐かしさが証拠だと、神尾は言いたいのだろう。
確かに。
中身は変わってない。
私と神尾は見合って笑った。
その時だった。玄関が突然開いたのは。
「てんちゃん、成人式行かないって本当!?……って、あれ」
「えっ」
「二人とも何してるの」
『へ、あっ、ああああ!』
「あ、杏ちゃん違うんだこれは!」
「へえ……そうなんだ〜へえ〜」
杏ちゃんは、にやにやとしながら、扉を閉めた。私と神尾は今の状況をもう一度確認して、目を合わせる。
「行くぞ!」
『うん!』
私と神尾は勢いよく玄関から飛び出した。