雅治と輪廻転生

輪廻転生って、インド仏教の思想じゃないんだって。
仏教校に通う友人が私に教えてくれたものだ。仏教と輪廻転生は逆の思想にあるのだと、中国仏教の考えなのだと、そう私に教えてくれたのだった。
彼女はなんだってことはない、ただ自分が新しく与えられた知識を誰かに自慢したかっただけなのだ。
輪廻転生ということばに過剰に反応し、頭を悩ませてしまうだろうなんてことは、彼女の頭には無いのだ。


『輪廻転生ねぇ……』


私は広い教室の片隅でペンを回す後姿をじっと見つめた。
今日もあの背中は丸まっていて、少し日の当たる席に座って、つまらなそうに時々毛先をいじる。きらきらと輝くあの髪色には驚かされたけれど、まぁ、でもあいつらしいな、とも思う。少し不思議でつかみどころが無さそうなのは、変わらないものなのかもしれない。
そう思うとなんだか嬉しくなって、緩む口元を手で押さえつけた。


それはある日のこと。

兄弟愛。

スマホの画面に現れた文字をなぞって、私は一つ息を吐いた。たった一つの何気ない言葉を見るだけでも、気分がふさがることを、他人は知らない。ましてやネットの向こう側の人間が、そんなことを知るわけもない。
リツイートを非表示にすると、ちょっとだけすっきりした。ついでにミュートにでもしておこう。そう思って、親指をスライドさせた時だった。


「梓月、梓月てんって、お前さん?」


上から降ってきた言葉に、顔を上げる。
そこには、あいつ、仁王雅治がいた。
ずっと、わからないままだったけど、今はこういう喋り方するんだ。ふんわり香ってきた太陽の匂いが鼻をくすぐって、少しだけツンとした。


『うん、そうだよ』


雅治は、口角を上げて、先ほどの講義のノートを差し出した。


「お前さん、頭いいんじゃろ?俺に教えてくれん?」


こうして私は雅治の先生になったのだ。


私にとって、最高な機会がやってきた。そう思った。
ずっと、雅治を見つめてはいても声をかけられないし、このまま自分の存在も知られないままでいてもしょうがない、と半場諦めの境地にいたっていた私にとって、天が味方したとしか思えないほどの機会がもたらされたのだ。だから、私は、少しだけ抗ってみよう、と思ったのだ。

最初は講義室で。講義が終わった後、空き教室になるこの広い部屋で二人。一対一。
机に顔が近いのも、それなのに綺麗なペンの持ち方なのも、男の子らしい文字なのも、全てが懐かしく感じてしまう。
今日初めてこうやって話したにも関わらず、ね。

次は食堂で。お昼休憩で賑わう食堂の一角で、四人掛けのテーブルに向き合って。
広い机の上にきちんと教科書や参考書を置くのも、それなのに統一性の無いマーカー線も、雅治らしく感じてしまう。
そんなに一緒にいないのにも関わらず、ね。

その次は図書室で。暖かい光がさし込む窓際のカウンター席で隣同士。
間近で見た睫の長さ、口元のほくろ、やわらかそうな髪、全てそのまま。
思わず吐露してしまいそうになるほど、ね。

そして、雅治の部屋。
初めて入った時の感想は、何もない部屋だった。
雅治らしい。そう思いながら、私は通うたびに何か一つ残していった。最初はなんだったかなぁ。お土産でもらった、ご当地キーホルダーだったかもしれない。この間は歯ブラシセット。その前はお茶碗、その前の前はお箸、マグカップ、えとせとらえとせとら。
そうこうしている間に、何かを残して帰るのが面倒くさくなって、私は、そこに自分を残していくことにした。
雅治は何も言わなかった。変なものを持っていくと、なんでそんなもん持って来たんじゃ、って笑うだけ。ただそれだけだった。


『ねぇ、雅治』

「ん」

『今日は雅治の好きな焼肉にしようか』

「お前さんはよう俺の好きなもん知っとるのう」

『なんとなく、わかるだけだよ』


何気なく選んだのではない。私は雅治の好きな色、物、事を考えて選んで持って来ていた。そしてそこには思い出せるような、そんなものを選んで。


「流石、頭がええ天才先生さまじゃのう」

『そんなことは、ないよ、雅治』

「いーや、俺は、てんにはいつだって、頭じゃ適わんぜよ」


いつだって、雅治の前を歩いて、雅治を導いて、そのためにはたくさん勉強をして。雅治に、頼ってもらえるのが嬉しくて、ただ単純にすごいって言われるのが嬉しくて、兄さんには頭じゃ適わないって、そう言って、笑っていた記憶を、私は鮮明に思い出すことができるのに。


「てんとおると懐かしくなるのはなんでじゃろうなぁ」

『……』

「もしかして前世で一緒におったとか」


雅治が、思い出させるのに、それなのに。


「まぁ、有得ん話じゃ」


雅治は、何も思い出さない。



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