財前くんに片思い
隣の席の財前くんは、とっても無表情だ。
どれくらい無表情かっていうと、ババ抜きで誰にも負けないくらい。そして、私はそんな財前くんに負け続ける一人である。
『今日も負けた……』
「ていうか梓月さん、二人でババ抜きっておもろい?」
『おもしろいというのは問題ではないんだよ、私死ぬほど真剣なの』
「なんでこないな遊びで死ななあかんねん……」
『財前くんだって大人気なかったじゃん、さっき』
「あれはしゃーないし、それに俺大人やないからええやん」
『くっそー!悔しい』
「梓月さんはやっぱりまだまだやな」
『よし、財前くんもう一勝負』
「あかん、俺もう部活」
ほれ見てみ、と言わんばかりの指先をたどれば、時計の針が指す数字。ホントだ。もうこんな時間。また、財前くんとバイバイしちゃう時間だ。
「トランプ見つからんようちゃんと隠さなあかんで」
『わかってる』
「最近持ち検やるっちゅー噂あるって言うてた」
『……まじか』
「さてと」
『財前くん』
「おん?」
『また明日』
正直な話、本当はトランプなんてどうだっていい。
「ほなまた」
教室のドアから入り込むオレンジ色の光りを纏いながら、財前くんは一瞬、顔だけをこちらに向けて笑って言うのだ。
その瞬間がこの世のどんなことよりも愛おしくて。あの子には絶対もたらされないであろうこの瞬間のためだけに、私はまた、明日も財前くんとトランプをするのである。