甲斐くんとゆるい恋
にやり、とした。
私はだるそうな背中をこっそりと追う。
ラケットケースを重たそうにぶらさげているところを見ると部活帰りだろうか。今日、本を借りに学校に行ってよかった。そう思いながら、私は追いついた彼の背中をばしりと叩いた。肩を震わせて、驚いた声を漏らした彼は振り返って、片眉を吊り上げた。
「何しとぅるかやぁ」
少し低めの声で、恨むぞ、と言いたげな視線を受けて、私は目を反らした。勢い余って強く叩きすぎたみたい。申し訳なさそうに眉を下げてみせると、甲斐くんは小さくため息を吐いた。甲斐くんは、沖縄に来て初めてお友達になった人だ。たまたま隣の席だったからかもしれないけれど。でも、とっても優しい人。
「はーもう、真剣びっくりしたばぁよ」
『ごめんごめん!ちょっと驚かそうとしただけで』
「ちょっとどころじゃないさぁ」
部活お疲れ様、と言って、さっき自動販売機で買ったスポドリを渡した。軽く頷いて受けとった甲斐くんは、蓋をあけたところでぴたりと止まる。
「梓月これ」
『あー……飲んでないよ』
「なんだ、よかった」
あ、飲んだ。
『わー間接きっすだね』
「ぶっ、はっ!?」
『蓋あいてるんだから飲んでないわけないじゃーん!』
「梓月騙したんかやぁ!?」
それも嘘。
ホントは飲んでなんかない。だって、飲もうとした時に甲斐くんを見つけたんだもの。なんだか更に疲れた顔をして項垂れる甲斐くんを見て、またにやり、と笑った。
『ねー、甲斐くん、今度プール行こうよ、プール』
「何でプール?海あるやしが」
『うーんそうだけど、なんとなくプールがいいな。流れるプール!』
「梓月すぐ流されそう」
『何をー!?その時は甲斐くんも巻き添えだからいいもんね』
「わんはちゃんと逃げますー」
『逃がしませんー』
「梓月はスクール水着?」
『いや何でスクール水着……ちゃんと新調するし、ビキニ着るし』
「それは楽しみ」
『えっ』
「梓月絶対ビキニ似合わねーらん!」
『甲斐くん言ったなー!私のナイスバディに恐れをなして腰ぬかしても知らないからな!』
「はいはい、絶対無いやっし」
なんだよー!笑いものにできるぞっていう楽しみかよ!ちょっとどきっとしちゃったのに!なんて言えないから、口をとがらせてみる。
にやり。
そんな私を見て、甲斐くんは口角を上げて帽子を脱ぐ。そしてそのまま私に自分の帽子を被せてきた。
「プール行くまで、熱中症になるなよ!」
そう言い残して、甲斐くんは走って坂をくだって行く。少しだけはしゃいだ足取りに、私は思わず、にやり、と笑ってしまった。