つ
つらつらり。
目からこぼれ出た涙が、私の頬を伝っていく。別に、哀しいわけではなかった。
今夜は流星群だ、と誰かがうたっていたのを聞いて、流れ星を見るためにベランダに出ただけだった。それなのに、私は星ではなく月を見て泣いた。
お椀のような形をした月が、真っ暗な空にぽかんと浮いていたのだ。なんて綺麗なんだろうと思った。満月でもない、欠けて半分を失ってしまった月が、とてもきれいに見えた。
あのお椀の中にたくわえられた月の成分が、私の体を伝って、目から零れ落ちた、そうとしか思えなかった。
「どうした」
少し焦った声が階下から聞こえた。体を丸めて、コンビニの袋をぶら下げた男の人が、私を心配そうに見上げていた。
『な、なんでもないです』
「そうか?」
『はい』
「……ほんまか?」
『だ、大丈夫です!』
「渡邉オサム」
『えっ』
「俺、渡邉オサム言います」
『は、はあ』
「四天宝寺中学やろ」
『なんでそれを』
「今使われとらん理科室あるやろ?」
『えっと、3階の?』
「明日、放課後にその理科室に来なさい」
『えっ』
「ほな」
帽子を軽く上げて、口角を上げる。なんだこの人。よくわからない。なんで私が四天宝寺だとわかったんだろう。
「あ、早く部屋に戻りなさい、冷えるで」
渡邉オサム、さん。よくわからないけれど、明日、理科室に行ってみよう。
『え、ええ!?この学校の教師だったんですか』
「俺の知名度もここまでか……」
『全然先生に見えなかった……』
「そっち!?今度からスーツにしよかな」
髯をなぞりながら項垂れるこの人は、実はこの学校の教師だったらしい。どこの担任なのか、何を担当してるのかも教えてはくれなかったが、テニス部の顧問だということだけは教えてくれた。それすらも本当かはあやしいところだけど。
「そんなことよりや。なんか悩みでもあるんちゃうん。昨日はああいっとったけど、3年生やろ?進路云々で迷ってることでもあるとちゃうか?」
『いや、得には』
「……いや、そないなことないやろ。なんっでもええで?言ってみたらちょっとは楽になるでー」
『いや、だからホントに悩みも何もないです』
「……おかしいな、せやったらあの時泣いとったように見えたんは幻やったんかな」
『……それは』
「うん?」
『泣いてはいましたけど』
ほら、と言わんばかりの顔で、私の顔を覗き込む。
でも、彼の望むような答えはない。そう伝えると、オサム先生はほっと息をついた。
それならええんやけどな。あの時のお前、なんやほんまに寂しそうに見えたから。オサム先生はそう言って、窓際に立つ。
気付かないうちに陽が沈んで、もうあたりは暗くなっていた。
「月や」
その言葉に誘われてオサム先生の横に立つ。昨日よりも欠けた月は、まるでその中に蓄えたものをこぼそうと少し傾いているように見えた。
「おもろい表現やな」
オサム先生はそう言って、今ならお前が泣いていた理由が分かる気がするわ、と月をもう一度見上げた。