泣きませんよ。


財前は言った。
あんたが部活引退しても、卒業しても、俺は泣かん。泣くわけないやろ。
そう言った。
いつもの不機嫌そうな顔で。眉を顰めて、唇をぎゅっと噛みしめて。財前は私に、泣かないと言った。それは確かに本当だった。
実際に引退してみんなの前で挨拶した時も、卒業式に部員皆で写真を撮った後も、私の顔すら見ないまま帰ってしまった。
なんだ、そっけないやつ。そう思った。結構仲がいいつもりだった。それなのに、泣きませんよ、と私に言ってきたときから、財前の様子は明らかにおかしくなっていった。


私は九州の大学に進学した。
別に意味はない。そこに私が行きたかった学科があって、私の学力にもあっていたからだ。テニス部のことも忘れて、勉強、サークル、バイトなんて頑張って……いや、テニス部のこと忘れたりなんてできなかった。
やっぱりさみしいもんだなぁ。ただでさえ一人暮らしで、全く知らない九州の地で頑張るのは、さみしい。
もうすぐ冬休みだ。夏休みは帰ることができなかったけれど、バイト先にお願いして、今回は帰省させてもらおう。私はカレンダーに「実家」と書きこんだ。


久々に帰って来た大阪。
たった1年弱ではそうそう変わるはずもない。空港からバスに乗り換えて、家近くの公園前のバス停で降りた。ボストンバッグを肩にかけなおして、自分の家へ足を踏み出した時だった。
小さくブランコが鳴った気がした。公園を振り返って、ブランコの方を覗き込む。


『財前……』


そこには財前がいた。
少し身長が伸びて、顔つきも大人っぽくなった気がしないでもない。相変わらず耳には痛々しいほどのピアスがくっついている。
何しているんだろう。そう思って近づくとぎょっとした。
財前は泣いていた。
あんなに、泣かない、泣くわけないって言っていた財前が泣いていた。財前は涙をそのままに私を見上げる。


『……あんた、なんで泣いてんの……』


予想以上にかすれた声が出た。財前は少し驚いた顔をした。


「なんであんたここに……」

『帰って来たの』

「そうですか」


財前はそのまま立ちあがって公園から出て行こうとする。私はとっさに腕を掴んだ。


『財前、なんで泣いてるの?』


何か悩み事があるのかもしれない。高校3年生の冬なんて、いろんな悩みがたくさん出てくる時期だ。財前もきっとそうなのだろう。だったら1年先輩として、悩みを聞いてあげよう。
そんな風に思っていた。


「は?」

『いや、は?って、私がは?なんやけど』

「俺泣いてなんかない」

『はぁ?泣いてるやん』

「なんで俺が泣かな……」


目を拭った財前は、ぎょっとして固まる。どうやら財前は泣いてることに気付いてなかったらしい。そんなあほな。


「だっさ……なんで俺泣いてんねん」

『考え事でもしとったん』

「……あー」

『何』

「先輩のこと、考えとったかもしれん」


私のことを考えていた?だから泣いていた?なんだそれ。泣かないっていったくせに。泣くわけないやんって言ったくせに。
ふと見上げた財前は、いつもの不機嫌そうな顔で、眉を顰めて、唇をぎゅっと噛みしめていた。
財前、と呼ぼうとした。でも、できなかった。
顔を財前の胸にぎゅうっと押し付けられる。耳元で震えた息が吐かれる。


「あんた、今どこにおんねん」

『九州』

「なんでまたそない遠く行ったんや……」

『なんとなく』

「嘘」


あの人と会いたくなかったからでしょ。
財前の言葉に体が震えた。
ばれてたんだ。だから、あの時、自業自得だと言わんばかりに、私を避けたのだ。


「あん時言ったやろ。先輩が誰を好きでも、俺は先輩が好きって」

『言うたなぁ』

「でも先輩は俺選ばんと、あの人選びよった」

『せやなぁ』

「結局、あの人浮気しよって、別れた。自業自得や」

『ほんまやなぁ』

「知ってたくせに、余計傷つきよって、自業自得や」

『財前の言う通りや』

「あほ、肯定してんなや」


だって、本当のことだし。いろいろ思い出して、私は泣いた。
財前の学ランがぬれていく。
私の肩口もぬれていく。
二人で泣いて、泣いて、泣いて。滑稽だろうなぁ。人ってこんなに泣けるんだ。今までの涙が出尽くして、からっぽになったら、心も体も軽くなってくれるだろうか。
泣きやんだら、またもう一度、心から笑えるだろうか。



title by R34 「泣いて泣いて泣きやんだら」



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