おにぎり、水筒、シート、リュックサック。ああそうだ、500円以内のおやつと……バナナはおやつに入るんだったかしら。あとで謙也に聞かなきゃ。
出発まであと1時間も無い。
カーテンを開くと真っ暗。それもそのはず。今は深夜1時。マフラーをしっかりと巻き付けて、もこもこの手袋をはめて、謙也の到着を待つ。それでもなんだかそわそわするので、私は家族を起こさないように玄関を開けた。ああやはり寒い。これならもう一つカイロ張り付けた方がよかったかな。
そう思っていると、後ろからマフラーを引っ張られた。


『謙也!』

「アホ、自分早すぎやろ。まだ約束の時間ちゃうやん」

『謙也こそ……』


この真っ赤な鼻は多分、30分前くらいには家を出ていたはずだ。ここまで来るのに10分だと考えても、謙也の方が早すぎる。がちがちと歯がかみあってないのがおもしろくて笑っていると、左ポケットのカイロを奪われ、右手を攫われた。


「ほな、行きまっせ」


寝静まった住宅街は一際しんとしていた。窓からの暖かい光りも無く、街灯だけを頼りに歩く。
なんだか知らない道を歩いてるみたいだ。そんなことを呟くと、謙也はせやなぁ、と白い息を吐いた。


『そういや結局どこ行くん』

「せやなぁ、どこ行こか」

『……こういう時は優柔不断だよねぇ』

「だーまーれー」

『せっかくだし港でも行こうよ』

「はぁー?港!?寒いやん!」

『小学校の時ずっと半袖やった忍足謙也くんやったらそんな寒さ大丈夫やと思いまーす』

「……あん時は若かった」

『今が若くないみたいな言い方やめよ』

「俺らもうオトナなんやで、オ・ト・ナ」

『はいはい。急に遠足行こやなんて言うオトナ絶滅危惧種やから、自分大切にして』

「馬鹿にしとるやろ」

『これで馬鹿にしてなかったら私すごい』


こんなやり取りもいつぶりなんだろう。中学卒業して以来?
成人式で久々に再会した私たち二人は、同窓会マジック(?)というやつでなんか知らないけど仲良くなって、連絡先交換して、そして、今日、謙也に会うのは二度目だ。そんなことも感じさせない、昔のままの中学時代のノリに嬉しくなって、私はついつい憎まれ口をたたいてしまう。
私は鞄からキャラメルを取り出して、謙也に渡した。口の中でゆっくりとけていく香ばしい味が、とてもおいしく感じた。


『あ、雪』


私の言葉に謙也は顔を上げる。
雪は私たちの行く道をすぐに真白に染めていた。
謙也は握っていた私の手を、少し強く握り返し、私の顔を覗き込んだ。


「なぁ」

『何』

「言ってもええか?」

『言うの、言わないの、はっきりしなよ』

「じゃあ、言うで」

『うん』

「俺達」

『うん』

「付き合わん?」


耳まで真っ赤になった謙也を見てると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。やっぱりカイロ増やさないでよかった。


『ねぇ、謙也』

「お、おん」

『……港、もうすぐだよ、走ろ』

「え、あ、おん」


先ほどより少し強い力で私の手を握った謙也は走り出す。
ノースピードノーライフや、なんて高らかに笑う謙也はここにいない。ただ、私の歩幅に合わせて走ってくれている。じわじわと心からあったかくなってくる。
私は、謙也の手を握り返した。


「!」


驚いて少しだけこっちを振り返った謙也は、私の顔を見ると、それはそれは嬉しそうな顔で笑った。
なんだかやっと、私たちはオトナになれた気がした。



title by R34 「大人の遠足」



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