春を迎えたとはいえ、まだ夜は少し寒い。
暗くなってきた空を見上げて、私は窓を閉めた。
あの人がいなくなってどのくらいがたっただろう。
前触れもなく私の前から消えてしまったあの人のことを考えるといつもどこかに隙間風がふいている。
私は小さくため息を吐いてベッドに倒れ込んだ。
すると、急に、手に持った携帯が震えはじめた。
誰だろうと思って、待ち受け画面を見ると、あまりにも懐かしい名前が浮かび上がっていて、私の呼吸は一瞬とまった。
私は恐る恐る通話ボタンを押すと、耳元で小さく空気を吸う音が聞こえた。
「久しぶり」
『桔平』
橘桔平、私が恋こがれていた人。
ずっと待ちに待ち続けた人、本人だった。
懐かしい優しい声音に、鼻の奥がつんとした。
「元気にやっとったか?」
『急にどうしたの、桔平』
「……てんの声が聞きたくなったとよ」
なにそれ。
ずっと音信不通で、ただ東京に行ったってことだけしけ教えられず、待ってた私の気持ちはどうなるの。
声が聞きたくなった?
そんなの私だって、いつだって、声が聞きたかったっていうのに。
『バカ!ふざけんな!』
「な、何泣いとるとね!?」
『いきなりいなくなって、ずーっと連絡もとれないと思ったら、なにこれなんなのよ……』
「すまん」
『私だって、ずっと、ずーっと桔平の声聞きたかったんだからっ』
「てん……」
すまなかった、そうもう一度言われて、はっと我に返った。
千歳に聞いたことが頭の中をかすめていく。
不可抗力とはいえ、練習中、彼は千歳に怪我を負わせてしまい、そのことにひどく責任を感じた彼は、熊本を去って東京の学校に転校した。
それ以来ずっと連絡もなく、親友の千歳にさえ連絡を取っていなかったらしい。
彼は彼なりにけじめをつけるため、この学校を去ったんだ。
そして、それまで誰とも連絡を取らないと決めていたんだ。
自分が納得いくまで。
それなのに私は、ただ自分の欲だけを押し付けてただけだ。