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「おい」
『え?』
「おい、ここやここ!んでお前を呼んどるんや!」


ぱっと後ろを振り向けばそこにはそれはそれは怖い鬼の形相をした男子生徒が立っていて、全力で私のことをにらんでいた。え、なにこの人誰なの超怖い。びびって動けずにいると、もう一度低い声で、おい、と私を呼んだ。


『え、えっと何か私に用が?』
「用がなかったら小春以外に声なんかかけんわアホ」
『初対面でこの言われようはいったい……』
「あ?何か言うたか」
『ひっ、な、何も』


えええええホント怖いんだけどこの人。言動とか雰囲気とか。なんかほとばしってるよ真っ黒いオーラが。ただでさえ真夏で汗が止まらないっていうのに、この人のおかげで冷や汗だかなんなんだか背中はもうわけわかんないくらいにびっしょりだ。すると急に、一歩また一歩と近づいて、気づけばすっごく至近距離になっていた。近くで見たその人は、思っていた以上に大きくて、一瞬で先輩だとわかった。緑のバンダナに緑っぽい髪の毛、これってもしかしてあの有名なモノマネ得意な……えっと……男の人が好きっていう一氏?とかいう名前の先輩だった気がする。いや、それは別によいのだが、先輩かつ有名な一氏先輩がどうして私に声をかけてきたのかさっぱりわからない。え、もしかして、気づかないうちに迷惑とかかけてたみたいな!?それで怒らせちゃったみたいな!?これはその報復みたいな!?タイマンみたいな!?恐喝とか!?どうしよう!私ただの一般人なんだけど!武道になにも通じてないしスポーツも普通より下だし!金出せやこらなんて言われたらひいいいい!太刀打ちなんてできるわけない!ここは、えっとスピードスター?先輩だっけ……とかいう先輩の真似をして逃げるのが一番なのかしら!私昔から逃げ足だけは速かったし!今日も今日とてこの逃げ足の速さを利用して補習から逃れてきたし!いける、いけるぞてん、スタートダッシュが鍵よ!


「おいなんやねんそのかまえは」
『えっ』
「逃げたいと思ったのかもしれんけどな、クラウチングスタートはないわ」
『え、あ、はい、すいませんでした』
「おい!ボケたおせや!」
『え、えええ』
「まぁ、ええわそんなこと」
『いいんですか』
「それより、これや」


一氏先輩がポケットから取り出したのはなんとも先輩には似合わないピンクのハンカチだった。あの例の相方さんのだろうか?でも何故私に差し出したの?


「はよ受け取らんかい!」
『えっ、あっ、はい!』


そうやってハンカチを私に無理やり押し付けてくる先輩。素直に受け取れば、どこかで見たことあるような……。


「名前わからんくてな、返すの遅くなってもうたんや」
『あっ、これ、この前怪我した人に貸した……』
「まぁ、えっと、あん時は助かったわ」


数週間前、通学路で怪我をしてる人を見かけて、しかも血が出ていたからこのおろしたてのハンカチを貸したのを思い出した。あの時はバンダナをしてなかったから気づかなかったけど、あの怪我をしていた人は実は一氏先輩だったのか。こんなんガラちゃうねんけどな、なんていって一氏先輩は頭をかいた。綺麗にアイロンがかけられたハンカチは渡した時よりもずっと新品に見える。一氏先輩は耳まで真っ赤で、なんか怖い人だと思ってただけにちょっと拍子抜けした。それと同時に笑いがこみ上げて、にやにやした。


「な、何にやにやしとんねん!死なすど!」
『なんでも、ふっ、ないです、ふふっ』
「もうええもうええ!用はこんだけや!じゃあな!」


そう言って真っ赤なまま一氏先輩はその場を去ろうとする。私は思わず呼び止めて、お礼を言えば、それはこっちのセリフじゃアホなんて言われた。もうなにがなんだか、笑いが止まらない。こんなこわもての先輩のあんなかわいい顔が見られるなんて、いやはやホントに親切って大事なんだなーって思いました。
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