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「俺、先輩のこと嫌いです」
人生、生まれて初めてうけた告白は、こんな言葉から始まった。
私と日吉は、テニス部のマネージャーとその一部員というどこにでもありふれた関係である。マネージャー故に話も結構していたし、全然周りから見ても普通の関係で、寧ろ好かれている方だと思っていたのに。なんだこれ、裏切られた気分。
「俺は、梓月先輩のことが大嫌いだ」
もう一度呟かれた「嫌い」という言葉にちくりと胸が痛んだ。
私は気づかないうちに日吉に何かしてしまったんだろうか。ありふれた、屋上という告白場所でなんとも皮肉な大嫌い宣言を受けてしまった。
ショックで何も言えずにいると、日吉は私を最後まで見ることなく、その場に私一人だけ残して去って行ってしまった。なんだこれ。なんなんだこれ。意味がわからない。
それからというものの、私は日吉に会うのが気まずくて、避けるようになってしまった。何か言いたげに時々こちらを見る日吉に気付かないふりをして他の部員の世話をした。そんなのがかれこれ2週間くらい経ったある日、跡部に任された部誌を書いてて遅くなった私は、あろうことか、一人残って練習していた日吉と鉢合わせてしまった。
『……練習、してたの?』
「ええ」
知っていたくせにと言いたげな目はすぐに反らされてしまった。なんでこんなに嫌われちゃったんだろう。悲しいようなさみしいような、そんな気持ち。
『じゃあ、私帰るね』
そう言ってドアにかけた手をそのままに振り返れば、目の前にはなんだか泣きそうな怒ったような顔をした日吉がいて、いつの間にか私はすっぽりと日吉の腕の中におさまっていた。
『日吉?』
「どうして先輩は……」
少しくぐもった声が聞こえる。もしかして泣いているの?どうして?
『日吉、どうしたの』
「嫌いだ、やっぱり大嫌いだ」
肩がじんわりとしめってくる。
『嫌いなのにどうして近づくの?日吉……ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ』
「違う」
『私のこと嫌いなんでしょう?』
「違う、嫌いなんかじゃない」
『じゃあ、何?』
「嫌いって言えば梓月先輩は俺だけを見てくれると思ってた。でも違った。余計見てくれなくなった。それどころか先輩の中で俺の存在がとても小さくなっていってる気がして、それだけは耐えきれなかった」
そう淡々と早口で言った日吉の言葉に、私はすっかり力が抜けてしまった。日吉が言った言葉が真実なら、私はすっかり日吉のワナに引っかかってしまっているんだから。
『日吉、私は日吉の本当の気持ちが知りたい』
彼の背中を優しくなでながらそう言えば、日吉は驚いたような顔で私を見つめた。
『ね、日吉?』
「……仕方ないから、先輩のこと大好きになってあげますよ」
そう言って日吉はぐしゃぐしゃな顔で笑った。ああ、なんて愛おしい私の不器用な彼。